ことわざ・四字熟語
ことわざ・四字熟語についての用語集です。
塵も積もれば山となる
ちりもつもればやまとなる
「塵も積もれば山となる(ちりもつもればやまとなる)」は、非常にわずかなものでも、積み重ねていけばやがて膨大な量になることを意味する日本のことわざである。特に、目立たない小さな努力や行為でも、根気強く継続することで大きな成果や成功に結びつくという、持続的な努力の重要性を説く際に用いられる。これは、資源や時間、知識など、様々な要素の漸進的な累積が、最終的に予想を超える結果を生み出すという普遍的な真理を表している。
初志貫徹
しょしかんてつ
初志貫徹とは、最初に心に決めた志や目標を、どんな困難があっても最後までくじけずに貫き通すこと。
虎の子
とらのこ
虎の子とは、大切にしていて手放さないもの。また、非常に大事にしているお金(秘蔵金)。
竜頭蛇尾
りゅうとうだび
竜頭蛇尾とは、初めは勢いがよいが、終わりになると振るわなくなること。頭は竜のように立派だが、尾は蛇のように細くて貧弱なこと。
良薬は口に苦し
りょうやくはくちににがし
良薬は口に苦しとは、よく効く薬は苦くて飲みにくいように、自分のためになる忠告は、聞くのが辛いものであるということ。
呉越同舟
ごえつどうしゅう
呉越同舟とは、仲の悪い者同士が同じ場所に居合わせたり、行動を共にしたりすること。また、敵同士が共通の困難に対して協力し合うこと。
臥薪嘗胆
がしんしょうたん
臥薪嘗胆とは、復讐(ふくしゅう)を遂げるために、長い間苦労に耐えること。また、将来の成功のために、今の苦しみをじっと耐え忍ぶこと。
雲散霧消
うんさんむしょう
雲散霧消とは、雲や霧が消えるように、物事が跡形もなく消えてなくなること。
乾坤一擲
けんこんいってき
乾坤一擲とは、運命をかけて、のるかそるかの大勝負をすること。
栄枯盛衰
えいこせいすい
栄枯盛衰とは、草木が茂ったり枯れたりするように、人や国が栄えたり衰えたりすること。世の中の移り変わり。
森羅万象
しんらばんしょう
森羅万象とは、宇宙に存在する、ありとあらゆる事物や現象のこと。「天地万物」と同義。
七転八起
ななころびやおき
七転八起(七転び八起き)とは、七回転んでも八回起き上がること。何度失敗しても、くじけずに立ち上がって努力すること。
一網打尽
いちもうだじん
一網打尽とは、一度網を打って、そこにいる魚を全部捕らえること。転じて、犯人などの一味を一度に全員捕らえること。
孤軍奮闘
こぐんふんとう
孤軍奮闘とは、援軍がなく、孤立した少人数の軍勢で必死に戦うこと。転じて、支援者のない中で一人(または少数)で懸命に努力すること。
捲土重来
けんどちょうらい
捲土重来とは、一度敗れた者が、勢いを盛り返して再び攻めてくること。失敗した者が、再び巻き返すこと。
起死回生
きしかいせい
起死回生とは、死にかかっている病人を生き返らせるという意味から転じて、滅びかけている国や倒産寸前の会社、敗色濃厚な試合などの絶望的な状況を、劇的に立て直すこと。
驚天動地
きょうてんどうち
驚天動地とは、天を驚かせ、地を動かすほど、世間をあっと驚かせること。
信賞必罰
しんしょうひつばつ
信賞必罰とは、功績のある者には必ず賞を与え、罪を犯した者には必ず罰を与えること。賞罰を厳格に行うこと。
因果応報
いんがおうほう
因果応報とは、良い行いをすれば良い報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるということ。原因に応じて結果が生じるという仏教の理。
自業自得
じごうじとく
自業自得とは、自分のした行いの報いを、自分自身が受けること。一般的には悪い報いを受ける時に使われる。
五里霧中
ごりむちゅう
(重複確認用、すでにBatch 150で作成済みのためスキップ。代わりに「自業自得」を作成します)
一致団結
いっちだんけつ
一致団結とは、多くの人々が心を一つにして、固く結びつくこと。共通の目的のために協力し合うこと。
百発百中
ひゃっぱつひゃくちゅう
百発百中とは、百回撃てば百回当たること。発射したものがすべて命中すること。転じて、計画や予想がすべて当たること。
言語道断
ごんごどうだん
言語道断とは、言葉で表現できないほど酷いこと。呆れ果てて言葉も出ないこと。もともとは「言葉で説くことができない深い真理」という意味。
有名無実
ゆうめいむじつ
有名無実とは、名ばかり立派で、それに伴う実質や中身がないこと。
本末転倒
ほんまつてんとう
本末転倒とは、物事の根本(重要なこと)と末節(些細なこと)を取り違えること。
以心伝心
いしんでんしん
以心伝心とは、言葉や文字を使わなくても、お互いの心が通じ合うこと。心から心へ伝えること。
十人十色
じゅうにんといろ
十人十色とは、十人いれば十通りの色(好みや考え)があるということ。人の考えや性格、好みは人それぞれ違うということ。
破竹の勢い
はちくのいきおい
破竹の勢いとは、竹を割る時のように、猛烈な勢いで突き進むこと。誰にも止められないほどの凄まじい勢い。
神出鬼没
しんしゅつきぼつ
神出鬼没とは、鬼神のように、たちまち現れたり隠れたりして、所在が知れないこと。自由自在に行動して、相手に予測させないさま。
油断大敵
ゆだんたいてき
油断大敵とは、油断は失敗のもとであるから、何よりも恐ろしい敵であるということ。気を引き締めよという戒め。
五里霧中
ごりむちゅう
五里霧中とは、深い霧の中に迷い込んで方向が分からなくなること。転じて、物事の事情が分からず、どうしていいか迷って途方に暮れること。
疑心暗鬼
ぎしんあんき
疑心暗鬼とは、疑いの心を持っていると、何でもないことまで恐ろしく感じたり、怪しく見えたりすること。
絶体絶命
ぜったいぜつめい
絶体絶命とは、どうしても逃れられない困難な立場や危険な状態にあること。
一石二鳥
いっせきにちょう
一石二鳥とは、一つの石を投げて二羽の鳥を落とすこと。一つの行為で二つの利益を同時に得ることのたとえ。
弱肉強食
じゃくにくきょうしょく
弱肉強食とは、弱い者が強い者の餌食になること。強い者が栄え、弱い者が滅びるという、実力主義の厳しい競争社会のたとえ。
青天の霹靂
せいてんのへきれき
青天の霹靂とは、晴れ渡った青空に突然起こる雷のこと。転じて、予期せぬ突発的な大事件や、急に受けた衝撃のたとえ。
画竜点睛
がりょうてんせい
画竜点睛(がりょうてんせい)とは、物事を完成させるために加える、最後の最も重要な仕上げのこと。また、ほんの少し手を加えるだけで全体が引き立つこと。
切磋琢磨
せっさたくま
切磋琢磨とは、学問や道徳、技芸などに励み、向上しようと努めること。また、仲間同士が互いに励まし合い、競い合って共に向上すること。
心技体
しんぎたい
心技体とは、精神力(心)、技術(技)、体力(体)の3つの要素のこと。これらすべてがバランスよく整って初めて、最高のパフォーマンスが発揮できるという教え。
疾風迅雷
しっぷうじんらい
疾風迅雷とは、激しく吹く風と、激しく鳴る雷のこと。行動が素早く激しいさま。事態が急変するさま。
明鏡止水
めいきょうしすい
明鏡止水とは、曇りのない鏡と、静止した水面のこと。邪念がなく、澄み切って落ち着いた心の状態のたとえ。
花鳥風月
かちょうふうげつ
花鳥風月とは、天地自然の美しい景色のこと。また、それを題材にして詩歌や絵画をたしなむ風流な心のこと。
温故知新
おんこちしん
温故知新とは、昔のことをよく調べて研究し、そこから新しい知識や見解を得ること。『論語』由来の言葉。
河童の川流れ
かっぱのかわながれ
「河童の川流れ」とは、泳ぎが得意な河童でさえ、川の水に押し流されることがあるという意味で、名人や達人でも油断すると失敗することの喩えである。
猿も木から落ちる
さるもきからおちる
「猿も木から落ちる」とは、その道の達人や名人であっても、時には失敗することがある、という喩えである。
猫に小判
ねこにこばん
「猫に小判」とは、どんなに立派で価値のあるものでも、その価値が分からない人に与えても何の意味も利益もない、という喩えである。
仏の顔も三度
ほとけのかおもさんど
仏の顔も三度の意味:どんなに慈悲深くて温厚な人でも、無法なことを何度も繰り返されれば、最後には怒り出すという教え。
名誉挽回
めいよばんかい
名誉挽回の意味:失った信用や評判を、その後の努力や成果によって取り戻すこと。
無用之用
むようのよう
無用の用の意味:一見役に立たないように見えるものが、実は重要な役割を果たしているということ。老荘思想の言葉。
用意周周
よういしゅうとう
用意周到の意味:準備が手抜かりなく、隅々まで行き届いていること。「周周」とも書くことがあるが、一般的には「周到」が使われる。
有職故実
ゆうそくこじつ
有職故実の意味:古来の朝廷や武家の儀式、法令、制度、風俗などの決まりごとのこと。また、それらを研究する学問。
渡りに船
わたりにふね
渡りに船とは、何かをしようとして困っている時に、ちょうど都合の良い条件や助けが現れること。
藪から棒
やぶからぼう
藪から棒とは、予期しないことが唐突に起こること。出し抜けであるさま。
目は口ほどに物を言う
めはくちほどにものをいう
目は口ほどに物を言うとは、何も言わなくても、目つきや目の表情を見れば、相手の感情や言いたいことが伝わるということ。
胸を撫で下ろす
むねをなでおろす
胸を撫で下ろすとは、心配事が解決したり、危険が去ったりして、ほっと安心すること。
枕を高くして寝る
まくらをたかくしてねる
枕を高くして寝るとは、心配事がなくなり、安心して眠れること。警戒する必要がない状態。
虫の居所が悪い
むしのいどころがわるい
虫の居所が悪いとは、機嫌が悪く、ちょっとしたことでも怒り出しそうな状態のこと。
へそを曲げる
へそをまげる
へそを曲げるとは、機嫌を損ねて、意固地な態度をとること。
火のない所に煙は立たぬ
ひのないところにけむりはたたぬ
火のない所に煙は立たぬとは、噂が立つということは、何かしら根拠となる事実があるはずだということ。
泣く子と地頭には勝てぬ
なくことじとうにはかてぬ
泣く子と地頭には勝てぬとは、道理の通じない相手や、権力を持った相手には、どんなに理路整然と説得しようとしても無駄なので、従うしかないということ。
猫を被る
ねこをかぶる
猫を被るとは、本性を隠して、おとなしそうなふりをすること。知っているのに知らないふりをすること。
長いものには巻かれろ
ながいものにはまかれろ
長いものには巻かれろとは、勢力のある人や目上の人には、逆らわずに従っておくほうが得策であるという処世術。
所変われば品変わる
ところかわればしなかわる
所変われば品変わるとは、土地が違えば、そこで作られる産物や風俗、習慣、言葉なども違ってくるということ。
手に汗握る
てにあせにぎる
手に汗握るとは、緊張や興奮で、手のひらにじっとり汗をかくほどハラハラすること。スポーツ観戦や映画のクライマックスなどで使われる。
鶴の一声
つるのひとこえ
鶴の一声とは、多くの人が議論紛糾している中で、権力者や実力者が放つ、一発で物事を決定づける強力な発言のこと。
爪に火をともす
つめにひをともす
爪に火をともすとは、蝋燭(ろうそく)の代わりに爪に火を灯すほど、極端に節約すること。非常に貧しい暮らしや、けちであることの例え。「爪に火を点(つ)ける」とも言う。
対岸の火事
たいがんのかじ
対岸の火事とは、向こう岸の火事は自分に燃え移る心配がないことから、他人の災難や不幸を、自分には関係のないこととして無関心で見ていること。
高嶺の花
たかねのはな
高嶺の花とは、高い山の上に咲いている花のように、遠くから見るだけで、手に入れることのできない憧れのもののこと。
船頭多くして船山に登る
せんどうおおくしてふねやまにのぼる
船頭多くして船山に登るとは、指図する人(リーダー)ばかりが多くて、統一が取れず、物事がとんでもない方向(山の上)に進んでしまうこと。組織には明確な指揮命令系統が必要だという教訓。
苦しい時の神頼み
くるしいときのかみだのみ
苦しい時の神頼みとは、普段は信心深くない人が、困った時や苦しい時だけ神様に祈って助けを求めること。調子の良い態度を揶揄する言葉。
安物買いの銭失い
やすものがいのぜにうしない
安物買いの銭失いとは、値段の安さに惹かれて質の悪いものを買うと、すぐに壊れたり使い物にならなかったりして、結局は損をするということ。
利害一致
りがいのいっち
利害一致とは、互いの利益(得)と損害(損)の条件が合致すること。共通の目的のために協力できる状態。
迷信
めいしん
迷信とは、科学的根拠がないにもかかわらず、人々の間で信じられている言い伝えや俗信のこと。不吉なことの前兆や、幸運のおまじないなどが含まれる。
平身低頭
へいしんていとう
平身低頭とは、身を縮めて頭を低く下げ、ひたすら恐縮して謝ったり頼んだりすること。
破顔一笑
はがんいっしょう
破顔一笑とは、顔をほころばせて、にっこりと笑うこと。「破顔」は堅い表情を崩して笑顔になること、「一笑」は少し笑うこと。
疲労困憊
ひろうこんぱい
疲労困憊とは、ひどく疲れ果てて、動けなくなるほど弱ってしまうこと。「困憊」は苦しみ疲れること。
切歯扼腕
せっしやくわん
切歯扼腕とは、歯ぎしりをし、腕を強く握りしめて悔しがること。激しい怒りや無念さを表す。
人事不省
じんじふせい
人事不省とは、病気や怪我、あるいは酒に酔うなどして意識を失い、自分のことや周囲の状況がわからなくなること。「じんじふしょう」とも読む。
笑止千万
しょうしせんばん
笑止千万とは、非常にばかばかしいこと、おかしくてたまらないこと。「笑止」は勝負事などで相手をばかにして笑うこと、「千万」は程度が甚だしいこと。
四分五裂
しぶんごれつ
四分五裂とは、国や組織、グループなどがちりぢりに分裂し、まとまりがなくなること。秩序が乱れて収拾がつかない状態を指す。
疾風怒濤
しっぷうどとう
疾風怒濤とは、激しく吹く風と荒れ狂う波のことで、時代や社会情勢などが激しく変化することの例え。また、ドイツ文学における革新運動「シュトゥルム・ウント・ドランク」の訳語でもある。
自縄自縛
じじょうじばく
自縄自縛とは、自分の縄で自分を縛るという意味から、自分の言動やルールが原因で動きが取れなくなり、苦しむこと。「自業自得」と似ているが、こちらは身動きが取れない窮屈な状態を強調する。
軽挙妄動
けいきょもうどう
軽挙妄動とは、深く考えずに軽はずみな行動をとること。分別を欠いたむやみな振る舞いを戒める言葉として使われる。
過小評価
かしょうひょうか
過小評価とは、物事の価値や能力、事態の深刻さなどを、実際よりも低く見積もること。「評価」を「過小」にするという意味。対義語は過大評価。
人の噂も七十五日
ひとのうわさもしちじゅうごにち
どんなに騒がれた噂も、75日(一つの季節)もすれば消えてなくなる。
早起きは三文の徳
はやおきはさんもんのとく
早起き推奨。
猫の手も借りたい
ねこのてもかりたい
役に立たない猫の手でさえ借りたいほど、人手が不足していること。
立板に水
たていたにみず
立てた板に水を流すとすらすら流れることから、スラスラと喋ることのたとえ。
鬼の目にも涙
おにのめにもなみだ
冷酷な「鬼」でさえ泣くことがある。人の心の奥底にある優しさを表す。
縁の下の力持ち
えんのしたのちからもち
家の土台を支える柱のように、人知れず苦労して全体を支える人。
二度あることは三度ある
にどあることはさんどある
二回起こったことは、必ず三回目も起こるものだという、警告や予感。
可愛さ余って憎さ百倍
かわいさあまってにくさひゃくばい
期待や愛情が大きいぶん、裏切られた時の反動も大きいという人間心理。
意味深長
いみしんちょう
表面上の意味のほかに、別の意味が隠されているような表現。含蓄があること。
有名無実
ゆうめいむじつ
名ばかりあって実体がないこと。評判と実際が一致しないこと。
同工異曲
どうこういきょく
曲の作りや趣は違うが、技巧は同じであること。転じて、見かけは異なるように見えるが、実際の内容は大差ないこと。
大義名分
たいぎめいぶん
人として、また臣民として守るべき道義と節度。転じて、行動を正当化するための理由づけ。
時は金なり
ときはかねなり
ベンジャミン・フランクリンの言葉 "Time is money" の訳語。時間の重要性を説く。
以心伝心
いしんでんしん
仏教用語で、言葉や文字によらず、師の心から弟子の心へ悟りの真髄を伝えること。転じて、無言のうちに気持ちが通じ合うこと。
三日坊主
みっかぼうず
僧侶の修行を始めても、三日もすれば辛くて辞めてしまうこと。転じて、物事が長続きしない性格や人のこと。
喜怒哀楽
きどあいらく
喜び、怒り、哀しみ、楽しみ。感情の起伏が激しいことを指す場合もある。
針小棒大
しんしょうぼうだい
針のように小さいことを、棒のように大きく言う。
言語道断
ごんごどうだん
元々は仏教語で「言葉では説明できない奥深い真理」という意味だったが、現在は悪い意味で使われる。
一網打尽
いちもうだじん
犯人などを一度に全員捕まえること。
赤の他人
あかのたにん
赤の他人とは、血縁関係もゆかりも全くない、完全な他人のこと。「赤」は「全くの」「明らかな」という意味(赤っ恥、赤裸々などと同じ)。
水泡に帰す
すいほうにきす
水泡に帰すとは、努力や計画がすべて無駄になること。水の泡となって消えてしまうこと。
朕は国家なり
ちんはこっかなり
「朕は国家なり」とは、フランス王ルイ14世が発したとされる言葉で、絶対王政(王権神授説)の絶頂期を象徴するフレーズ。国家の主権は国王個人にあるという考え方を示す。
賽は投げられた
さいはなげられた
「賽は投げられた(Alea jacta est)」とは、カエサルがルビコン川を渡ってローマに進軍する際に発したとされる言葉。後戻りできない重大な決断を下し、運命を天に任せて行動を開始することのたとえ。
雌雄を決する
しゆうをけっする
雌雄を決するとは、戦って勝負(勝ち負け)をはっきりと決めること。「雌雄」は本来オスとメスのことだが、転じて優劣や勝敗の意味で使われる。
出る杭は打たれる
でるくいはうたれる
出る杭は打たれるとは、才能があって頭角を現す人は、他人から妬まれたり憎まれたりしやすいということ。また、出すぎた真似をする者は制裁を受けるという教え。
怒髪天を衝く
どはつてんをつく
怒髪天を衝く(突く)とは、激しく怒り、髪の毛が逆立って帽子(天=冠)を突き上げるほどの形相になること。これ以上ないほどの激しい怒りの形容。
遠交近攻
えんこうきんこう
遠交近攻とは、遠くの国と親しく付き合い、近くの国を攻め取るという外交政策や戦略のこと。中国の戦国時代に、范雎(ハンショ)が秦の昭襄王に説いた策として有名。
得手勝手
えてかって
得手勝手とは、他人の迷惑を考えず、自分の都合の良いようにばかり振る舞うこと。身勝手。
一筋縄ではいかない
ひとすじなわではいかない
一筋縄ではいかないとは、普通の手段ややり方では解決できない、手強いこと。相手が曲者で扱いづらい場合によく使われる。
不朽不滅
ふきゅうふめつ
不朽不滅とは、いつまでも朽ちず、滅びないこと。永遠に価値や名声が失われないこと。
不眠不休
ふみんふきゅう
不眠不休とは、眠りもせず、休みもとらずに物事に没頭すること。昼夜を問わず働き続けたり、看病したりする様子に使われる。
我田引水
がでんいんすい
我田引水とは、自分の田んぼにだけ水を引くことから、物事を自分の都合の良いように言ったり行ったりすること。自分勝手な振る舞いのたとえ。
画竜点睛を欠く
がりょうてんせいをかく
画竜点睛を欠くとは、素晴らしい出来映えなのに、肝心な最後の一点が抜けているため、完全ではないこと。「点睛」を「点晴」と書くのは誤り。
玉石混淆
ぎょくせきこんこう
玉石混淆(玉石混交)とは、優れたもの(玉)と劣ったもの(石)が入り混じっていること。
牛飲馬食
ぎゅういんばしょく
牛飲馬食とは、牛が水を飲み、馬が草を食べるように、多量の飲食物をむさぼるように摂取すること。大食いや深酒の形容。
波瀾万丈
はらんばんじょう
波瀾万丈とは、劇的で変化に富んでいること。物事の展開が激しく、平穏ではない様子。
和気あいあい
わきあいあい
和気あいあい(和気藹々)とは、心と心が通じ合い、和やかで楽しそうな気分のこと。
必要は発明の母
ひつようははつめいのはは
「必要は発明の母」とは、何かがなくて困ったり、不便を感じたりすることが、新しい発明や工夫を生み出すきっかけになるという教え。
骨折り損のくたびれ儲け
ほねおりぞんのくたびれもうけ
骨折り損のくたびれ儲けとは、苦労して努力したにもかかわらず、何の結果も得られず、ただ疲れただけであること。
一望千里
いちぼうせんり
一望千里とは、一目で千里の遠くまで見渡せること。広々として見晴らしが良い景色の形容。
一病息災
いちびょうそくさい
一病息災とは、一つの持病があるくらいのほうが、健康に気を配って養生するため、かえって長生きできるということ。
一日千秋
いちじつせんしゅう
一日千秋とは、一日が千年(千回の秋)のように長く感じられること。待ち遠しくてたまらない気持ちのたとえ。
一利一害
いちりいちがい
一利一害とは、利益もある反面、害(不利益)もあること。良い面もあれば悪い面もあるということ。
意気揚々
いきようよう
意気揚々とは、誇らしげで威勢がよく、調子に乗っている様子のこと。何かを成し遂げて満足し、得意満面な様子。
隠忍自重
いんにんじちょう
隠忍自重とは、じっと我慢して軽々しい行動を慎むこと。苦しみや怒りを表面に出さず、耐え忍んで時機を待つこと。
一歩手前
いっぽてまえ
一歩手前とは、目標や到達点まであと少しのところ。もう少しでそうなるという段階。
一進一退
いっしんいったい
一進一退とは、進んだり退いたりすること。良くなったり悪くなったりして、なかなか決着がつかない、あるいは状態が安定しないこと。
一触即発
いっしょくそくはつ
一触即発とは、ちょっと触れただけで爆発しそうなほど、極めて緊迫した状態のこと。
自給自足
じきゅうじそく
自給自足とは、自分が必要とする物を、自分で生産して賄うこと。外部に依存せず、自力で生活を成り立たせること。
盛者必衰
じょうしゃひっすい
盛者必衰とは、勢いの盛んな者も、いつかは必ず衰えるということ。世の中の無常を表す言葉。
壁に耳あり障子に目あり
かべにみみありしょうじにめあり
壁に耳あり障子に目ありとは、隠し事はとかく漏れやすいものだから、どこで誰が見聞きしているかわからないので、言葉や行いは慎むべきだという教え。
蛙の子は蛙
かえるのこはかえる
蛙の子は蛙とは、子供の性質や能力は親に似るものであり、凡人の子はやはり凡人であるということ。また、子は親の歩んだ道を歩むものだということ。
開口一番
かいこういちばん
開口一番とは、口を開いて話し出すやいなや、真っ先にという意味。会話やスピーチの冒頭で何かを言う様子を表す。
亀の甲より年の功
かめのこうよりとしのこう
亀の甲より年の功とは、年配者の経験や知恵は尊いものであり、敬うべきだという教え。「甲(こう)」と「功(こう)」をかけた言葉。
歓迎乾杯
かんげいかんぱい
歓迎乾杯とは、新しく来た人を迎えるために行う乾杯のこと。歓迎会などの冒頭で行われる。
換骨奪胎
かんこつだったい
換骨奪胎とは、先人の詩文や作品の発想・形式を取り入れながら、自分の創意を加えて、独自の新しい作品を作ること。
勧善懲悪
かんぜんちょうあく
勧善懲悪とは、善い行いを勧め奨励し、悪い行いを懲らしめ戒めること。また、そのような主題を持った物語や劇のこと。
勝って兜の緒を締めよ
かってかぶとのおをしめよ
勝って兜の緒を締めよとは、戦いに勝っても気を緩めず、さらに心を引き締めよという戒め。成功した時こそ油断してはならないという教え。
可愛い子には旅をさせよ
かわいいこにはたびをさせよ
可愛い子には旅をさせよとは、子どもが可愛いならば、甘やかして手元に置くのではなく、あえて辛い旅に出させて世間の厳しさを経験させるべきだという教え。
聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥
きくはいっときのはじきかぬはいっしょうのはじ
聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥とは、知らないことを人に聞くのはその時だけ恥ずかしい思いをするが、聞かずに知らないままで過ごすことは、一生恥ずかしい思いをし続けることになるという教え。
金科玉条
きんかぎょくじょう
金科玉条とは、最も大切に守るべき法律や規則のこと。転じて、絶対的な信条。
旗幟鮮明
きしせんめい
旗幟鮮明とは、自分の立場や主義主張がはっきりしていること。
喜色満面
きしょくまんめん
喜色満面とは、嬉しそうな表情が顔全体に溢れている様子。喜びを隠しきれない顔つき。
弘法にも筆の誤り
こうぼうにもふでのあやまり
弘法にも筆の誤りとは、書道の達人である弘法大師(空海)でさえ、文字を書き損じることがあるという意味。どんなに優れた人でも失敗することはあるというたとえ。
孤立無援
こりつむえん
孤立無援とは、仲間がいなくて一人ぼっちになり、誰からの助けも期待できないこと。完全に孤立してしまい、救いの手がない絶望的な状況。
荒唐無稽
こうとうむけい
荒唐無稽とは、話が大袈裟でとりとめがなく、根拠がないこと。現実離れしている様子。
窮鼠猫を噛む
きゅうそねこをかむ
窮鼠猫を噛むとは、弱い者でも追い詰められて逃げ場がなくなれば、強い者に必死の反撃をして打ち負かすことがあるというたとえ。
蒔かぬ種は生えぬ
まかぬたねははえぬ
蒔かぬ種は生えぬとは、原因がなければ結果は生じないということ。何もしなければ、良い結果も利益も得られないという教え。
負けるが勝ち
まけるがかち
負けるが勝ちとは、無理に争わず、あえて相手に勝利を譲ることで、結果的には自分の利益や本当の勝利につながるということ。長期的な視点での勝利を説く。
耳にタコができる
みみにたこができる
耳にタコができるとは、同じことを何度も聞かされて、嫌になることのたとえ。
実るほど頭を垂れる稲穂かな
みのるほどこうべをたれるいなほかな
実るほど頭を垂れる稲穂かなとは、稲が実るにつれて重みで頭を下げるように、人格者ほど謙虚になり、他人に対して低姿勢であるべきだという教え。
三つ子の魂百まで
みつごのたましいひゃくまで
三つ子の魂百までとは、幼い頃(3歳頃まで)に形成された性格や性質は、年老いても(百歳になっても)変わらないということ。
水と油
みずとあぶら
水と油とは、性質が合わず、しっくり調和しないことのたとえ。反発しあって混じり合わない関係。
門前雀羅
もんぜんじゃくら
門前雀羅とは、訪れる人がなく、門の前で雀(すずめ)を捕まえる網(羅)が張れるほど閑散としている様子。
無我夢中
むがむちゅう
無我夢中とは、ある物事に熱中して、我を忘れること。理性を失うほど何かに心を奪われている状態。
無くて七癖
なくてななくせ
無くて七癖とは、癖がないように見える人でも、探せば7つくらいは何かしらの癖を持っているものだということ。
情けは人の為ならず
なさけはひとのためならず
情けは人の為ならずとは、人に親切にするのは、その人のためになるだけでなく、やがて巡り巡って自分に良い報いとなって返ってくるという意味。「情けをかけるのはその人のためにならない(甘やかすな)」というのは誤用。
日常茶飯事
にちじょうさはんじ
日常茶飯事とは、お茶を飲んだりご飯を食べたりするような、ごくありふれた普通のこと。日常的な出来事。
煮ても焼いても食えない
にてもやいてもくえない
煮ても焼いても食えないとは、相手が海千山千の曲者で、どのように扱っても手におえず、始末に困るということ。
暖簾に腕押し
のれんにうでおし
暖簾に腕押しとは、垂れ下がっている暖簾を腕で押しても手応えがないことから、力を入れて働きかけても相手からの反応がなく、張り合いがないことのたとえ。
帯に短し襷に長し
おびにみじかしたすきにながし
帯に短し襷(たすき)に長しとは、物が中途半端で、何の役にも立たないことのたとえ。
鬼に金棒
おににかなぼう
鬼に金棒とは、もともと強い鬼が、さらに武器である金棒を持てば無敵になるということ。強いものが何かを得て、さらに強くなることのたとえ。
離合集散
りごうしゅうさん
離合集散とは、人々が離れたり集まったりすること。また、そのような関係が定まらないこと。
論語読みの論語知らず
ろんごよみのろんごしらず
論語読みの論語知らずとは、書物を読んで知識は持っているが、それを実行に移せず、本質を理解していないことのたとえ。行動が伴わない知識人への批判。
粒々辛苦
りゅうりゅうしんく
粒々辛苦とは、穀物の一粒一粒に農民の苦労がこもっているように、こつこつと地道な努力を積み重ねて苦労すること。
再三再四
さいさんさいし
再三再四とは、何度も何度も繰り返すこと。「再三」よりもさらに度重なることを強調した表現。
三人寄れば文殊の知恵
さんにんよればもんじゅのちえ
三人寄れば文殊の知恵とは、凡人でも三人集まって相談すれば、文殊菩薩(知恵の神様)のような素晴らしい知恵が出るものだということ。
山紫水明
さんしすいめい
山紫水明とは、日の光の中で山が紫にかすみ、川の水が透き通って清らかなこと。自然の景色が清浄で美しい様の形容。
釈迦に説法
しゃかにせっぽう
釈迦に説法とは、その道の専門家や自分よりはるかに知識や能力がある人に対して、得意になって教えを説くことの愚かさを例えたことわざ。
信賞必罰
しんしょうひつばつ
信賞必罰とは、手柄を立てた者には必ず賞を与え、罪を犯した者は必ず罰すること。賞罰を厳格に行うことで、組織の規律を保つこと。
心頭滅却
しんとうめっきゃく
心頭滅却とは、心の雑念を取り払い、無の境地になること。どんな苦痛も、気の持ちようで感じなくなるということ。
白河夜船
しらかわよふね
白河夜船とは、ぐっすり眠り込んでいて、何が起きたか全く気づかないこと。または、見たこともないことを、さも見てきたかのように嘘をつくこと。
親しき仲にも礼儀あり
したしきなかにもれいぎあり
親しき仲にも礼儀ありとは、どんなに親密な間柄であっても、守るべき礼儀や節度があるということ。不遠慮になりすぎると不和の原因になるという戒め。
少欲知足
しょうよくちそく
少欲知足とは、欲を少なくして、今の状態で十分に満ち足りていると知ること。仏教における幸福の秘訣とされる。
急いては事を仕損じる
せいてはことをしそんじる
急いては事を仕損じるとは、何事も焦ってやると失敗しやすいという戒め。急ぐ時ほど、落ち着いて慎重に行動すべきだという教え。
他人のふり見て我がふり直せ
たにんのふりみてわがふりなおせ
他人のふり見て我がふり直せとは、他人の行動の良し悪しを見て、自分の振る舞いを反省し、改めるべきだという教え。
立つ鳥後を濁さず
たつとりあとをにごさず
立つ鳥後を濁さずとは、水鳥が飛び立った後の水辺がきれいであるように、立ち去る者は見苦しくないようきれいに後始末をすべきだという教え。退職や引越しの際によく使われる。
適者生存
てきしゃせいぞん
適者生存とは、環境に最も適した者が生き残り、そうでない者は滅びるということ。
天災地変
てんさいちへん
天災地変とは、台風、地震、洪水など、自然界に起こる災害の総称。人間の力ではどうしようもない大きな災い。
豆腐に鎹
とうふにかすがい
豆腐に鎹とは、柔らかい豆腐に鎹(木材をつなぐ釘のような金具)を打ち込んでも効かないことから、意見を言っても手応えがなく、全く効き目がないことのたとえ。
灯台下暗し
とうだいもとくらし
灯台下暗しとは、灯台(昔の室内照明器具)の直下は影になって暗いことから、身近な事情や近くにあるものは、案外気づきにくいということのたとえ。探索物がすぐそばにあった場合や、自分のことを自分が一番わかっていない場合などに使う。
桃李成蹊
とうりせいけい
桃李成蹊とは、「桃李言わざれども下自ら蹊を成す」を略した四字熟語。徳のある人物には自然と人が集まること。
東西南北
とうざいなんぼく
東西南北とは、東・西・南・北の四方すべての方角のこと。転じて、あらゆる方向や場所、いたるところ。
海千山千
うみせんやません
海千山千とは、世の中の経験を十分に積み、裏も表も知り尽くしていて、したたかでずる賢いこと。またはそのような人物。
瓜二つ
うりふたつ
瓜二つとは、顔かたちなどが非常によく似ていることのたとえ。
嘘も方便
うそもほうべん
嘘も方便とは、本来、嘘をつくのは悪いことだが、時と場合によっては、嘘をつくことが物事を円滑に進めるための手段(方便)として必要になり、許されることもあるという教え。
和衷協同
わちゅうきょうどう
和衷協同とは、心を同じくして共に力を合わせ、物事を行うこと。一致団結して協力すること。
笑う門には福来る
わらうかどにはふくきたる
笑う門には福来るとは、いつもニコニコと笑いが絶えない家や人のところには、自然と幸福がやってくるということ。悲観せずに明るく過ごすことの効用を説く。
渡る世間は鬼ばかり
わたるせけんはおにばかり
渡る世間は鬼ばかりとは、世の中は無慈悲で冷たい人間ばかりで、信用できる人がいないということ。
薮蛇
やぶへび
薮蛇(薮をつついて蛇を出す)とは、余計なことをして、かえって悪い結果や災難を招いてしまうことのたとえ。不必要な行動への戒め。
温厚篤実
おんこうとくじつ
温厚篤実とは、性格が穏やかで情に厚く、誠実であること。「温厚」は穏やかなさま、「篤実」は情が厚く誠実なさま。自分を飾らず、他人に対して優しく接する、信頼できる人柄を表す。リーダーや教育者など、人望が厚い人物への褒め言葉として最適である。
有言実行
ゆうげんじっこう
有言実行とは、口に出したことを責任を持って成し遂げること。「不言実行」をもじって作られた言葉とされる。目標を公言し、それを実現することで信頼を得る態度。リーダーシップや誠実さの証として、ビジネスの現場でも重視される。
郷に入っては郷に従う
ごうにいってはごうにしたがう
郷に入っては郷に従うとは、新しい土地や環境(会社、学校など)に入ったら、自分のやり方を主張するのではなく、その場所の習慣ややり方に従うのが賢明だという処世術。「朱に交われば赤くなる」とは違い、主体的な適応を説く肯定的なニュアンスが強い。異文化コミュニケーションの基本でもある。
禍を転じて福と為す
わざわいをてんじてふくとなす
禍を転じて福と為すとは、不運や災難に見舞われても、それを嘆くだけでなく、逆にその状況を利用して以前より良い結果をもたらすこと。「ピンチはチャンス」と同義。失敗を糧にして成功をつかむポジティブな姿勢を表す。
津々浦々
つつうらうら
津々浦々とは、至る所、全国の隅々のこと。「津」は港、「浦」は入江や海岸を指し、それらが数多くあることから、国中のあらゆる場所を意味するようになった。単に場所が多いだけでなく、「全国津々浦々に知れ渡る」のように、隅々まで行き渡っている様子を強調する際によく使われる。
天下泰平
てんかたいへい
天下泰平(てんかたいへい)とは、世の中が平和で、争いごとがなく穏やかに治まっていること。「泰平」は安泰で平和なこと。江戸時代の260年間にわたる平和な時代を指して使われることが多い。現代では、何事もなくのんびりしている様子を、皮肉を込めて「天下泰平だ」と言うこともある。
短気は損気
たんきはそんき
短気は損気とは、すぐに腹を立てたり、焦って行動したりすると、結局は自分が損をするということ。「損気」は損をする性質や、損になること。感情に任せて人間関係を壊したり、冷静な判断ができずに失敗したりすることを戒める言葉。
多事多難
たじたなん
多事多難とは、事件や困難が多く、平穏でないこと。「多事」は仕事や出来事が多いこと、「多難」は災難や困難が多いこと。次から次へと問題が発生し、休まる暇がないような状況を表す。これから進む道に多くの困難が予想される「前途多難」と似た意味で使われる。
泰然自若
たいぜんじじゃく
泰然自若とは、どのような事態に直面しても、落ち着き払っていて、少しも動じない様子。「泰然」はゆったりとして落ち着いているさま、「自若」は物事に驚かず平常通りであるさま。リーダーに求められる資質としてよく挙げられる。
創意工夫
そういくふう
創意工夫とは、新しい思いつきや、より良くするための方法をあれこれ考え出すこと。「創意」は新しい考え、「工夫」は方法を考えること。現状に満足せず、改良や改善を重ねて、より良いものを作り出そうとする前向きな姿勢を指す。ものづくりや企画の現場で重視される。
春夏秋冬
しゅんかしゅうとう
春夏秋冬とは、春、夏、秋、冬の4つの季節のこと。また、四季それぞれの情趣や、一年中、月日の流れそのものを指すこともある。日本の文化や芸術(俳句、絵画など)において重要なテーマであり、人生の移ろいや変化に例えられることもある。「四季折々」とも表現される。
ローマは一日にして成らず
ろーまはいちにちにしてならず
ローマは一日にして成らずとは、大事業や偉大な成果は、短期間で簡単に成し遂げられるものではなく、長年の努力の積み重ねが必要であるという教え。世界帝国ローマも、長い年月をかけて築かれたことから。継続的な努力の重要性を説く際によく使われる。
利害関係
りがいかんけい
利害関係とは、利益と損害が共通する、あるいは対立する関係のこと。双方が影響を与え合う立場にあることを指す。「利害関係者」はビジネス用語で「ステークホルダー」とも呼ばれ、株主、従業員、顧客、取引先などが含まれる。公平な判断が求められる場面で、利害関係の有無が重要視される。
冷静沈着
れいせいちんちゃく
冷静沈着とは、感情に流されることなく、落ち着いていて動じないこと。「冷静」は感情的にならず理知的であること、「沈着」は物事に動じず落ち着いていること。緊急事態やプレッシャーのかかる場面で、的確な判断を下すために不可欠な能力とされる。
無茶苦茶
むちゃくちゃ
無茶苦茶とは、筋道が通らず、度外れなこと。また、物が散乱してひどい状態であること。「無茶」に語呂を合わせるために「苦茶」をつけた言葉。理不尽な様子や、程度が甚だしい様子を表す。部屋が散らかっている物理的な状態から、話の論理が破綻している抽象的な状態まで幅広く使われる。
三日天下
みっかてんか
三日天下とは、権力を握っている期間が極めて短いことのたとえ。戦国時代、明智光秀が本能寺の変で織田信長を倒した後、豊臣秀吉に山崎の戦いで敗れるまで、ごく短期間(実際には約10日ほど)しか天下を治められなかった故事に由来する。政権やブームがすぐに終わってしまうことを皮肉って言う。
名論卓説
めいろんたくせつ
名論卓説(めいろんたくせつ)とは、道理にかなった非常に優れた意見や、他より抜きん出た素晴らしい説のこと。「名論」は名高い優れた議論、「卓説」は卓越した説を意味する。混迷した状況を打破するような、誰もが納得せざるを得ない立派な見解や主張を称賛して使う言葉。
罵詈雑言
ばりぞうごん
罵詈雑言とは、汚い言葉で口汚くののしること。ありったけの悪口。「罵詈」もののしること、「雑言」も悪口やでたらめな言葉を意味する。「罵詈雑言を浴びせる」のように使う。言論の自由があるとはいえ、公の場での罵詈雑言は名誉毁損や侮辱罪に問われる可能性がある。
協心戮力
きょうしんりくりょく
協心戮力(戮力協心)とは、心を一つにし、全員で力を合わせて物事に取り組むこと。「協心」は心を合わせること、「戮力」は力を合わせること(戮には合わせる、殺すという意味がある)。困難な課題に立ち向かう際のスローガンとしてよく使われる。類義語に「一致団結」「協力一致」などがある。
興味津々
きょうみしんしん
興味津々とは、ある物事に対する興味が尽きず、あとからあとから湧いてくる様子。「津々(しんしん)」は溢れ出るさまを表す。単なる好奇心以上に、その対象についてもっと深く知りたい、見たいという気持ちが非常に強い状態を指す。新しい製品の発表や、未解決のミステリーなどに対して使われることが多い。
空前絶後
くうぜんぜつご
空前絶後とは、過去にも例がなく、将来にもあり得ないような極めて珍しいこと。「空前」は前例がないこと、「絶後」は今後もないこと。素晴らしい業績や記録的な出来事に対して、最大級の賛辞として使われることが多い。「空前絶後の大ヒット」のように、歴史に名を残すレベルの出来事を表現する際に用いられる。
行雲流水
こううんりゅうすい
行雲流水とは、空を行く雲や流れる水のように、物事に執着せず、自然の成り行きに任せて行動すること。何ものにもとらわれない自由な境地や、淡々とした生き方を表す。禅の言葉としても知られ、心のこだわりを捨ててあるがままに生きる理想的な状態を指す。
公平無私
こうへいむし
公平無私とは、自分の利益や感情を挟まず、誰に対しても公平に接すること。「無私」は私心(エゴ)がないこと。リーダーや裁判官、審査員などに求められる最も重要な徳目の一つ。えこひいきや不正がない状態を表す。
奇想天外
きそうてんがい
奇想天外とは、普通では思いつかないような、変わった思いつきや予想できないこと。「奇想」は普通ではない考え、「天外」は遥か彼方の高い空の意。常識にとらわれないユニークな発想を指して褒め言葉として使われることも多い。類語の「奇想天外」や「荒唐無稽」よりも、ポジティブな意味合いで独創性を評価する際に用いられる。
牽強付会
けんきょうふかい
牽強付会とは、自分に都合が良いように、理屈をこじつけること。「牽強」は強引に引っ張ること、「付会」は無理やり合わせること。論理的な正当性がない主張や、根拠の薄い説を無理やり結びつけて正当化しようとする態度を批判する際によく使われる。
冠婚葬祭
かんこんそうさい
冠婚葬祭とは、人が生まれてから亡くなるまでの間に行われる、主要な儀式や行事の総称。「冠」は元服(成人式)、「婚」は結婚式、「葬」は葬儀、「祭」は法事や祖先の祭礼を指す。社会生活を送る上で欠かせないマナーやしきたりが求められる場面。
籠の鳥
かごのとり
籠の鳥とは、籠の中に入れられた鳥のように、自由を奪われ、自分の意志で動けなくなっている状態のたとえ。遊郭の遊女や、厳しい束縛を受けている人などを指す。逃げたくても逃げられない境遇を哀れんで使うことが多い。
熟慮断行
じゅくりょだんこう
熟慮断行とは、物事を十分に考え抜いた上で、思い切って実行すること。「熟慮」はよくよく考えること、「断行」は困難や反対を押し切って行うこと。ただ考えるだけでなく、実行に移す決断力の重要性を説く言葉。対義語は、考えすぎて行動できない「優柔不断」や、考えなしに行動する「軽挙妄動」。
自由闊達
じゆうかったつ
自由闊達とは、心が広く、のびのびとしていて、小さなことにこだわらない様子。また、組織の雰囲気などが、上下関係や形式にとらわれず、自由に意見を言い合える状態。「闊達」は度量が広く、こせこせしないこと。イノベーションを生む組織風土として理想的とされる。
事実無根
じじつむこん
事実無根(じじつむこん)とは、事実に基づいた根拠がまったくなく、いい加減で根も葉もないこと。「根」は物事の根本や根拠を指し、それがないことを意味する。悪意ある噂やデマ、不当な誹謗中傷などに対して、「それは全くの嘘である」と強く否定し反論する際によく使われる言葉。
自主独立
じしゅどくりつ
自主独立とは、他人の援助や干渉を受けず、自分の力で物事を行い、自らの意思で道を開いていくこと。「自主」は自ら進んで行うこと、「独立」は他人に頼らないこと。国家や組織のあり方だけでなく、個人の生き方としても尊ばれる精神。福沢諭吉の「独立自尊」とも通じる概念。
自問自答
じもんじとう
自問自答とは、自分で自分に問いかけ、自分で答えを出すこと。悩み事がある時や、考えを整理する時、あるいは反省する時などに行われる内省的なプロセス。「これで本当に良いのか?」と繰り返し問いかけることで、深い思考や確固たる決意に至ることができる。
異体同心
いたいどうしん
異体同心とは、体は別々でも、心は一つに結ばれていること。また、そのように強い絆や信頼関係で結ばれている状態。組織やチームワークにおいて、メンバー全員が同じ目的や志を共有し、協力し合う理想的な姿を指す言葉として使われる。対義語は「同床異夢(同じ場所にいても考えていることはバラバラ)」。
一心同体
いっしんどうたい
一心同体とは、複数の人が心を一つにし、あたかも一人の人間であるかのように固く結びついていること。強い信頼関係や絆で結ばれたパートナー、夫婦、チームなどを指す。苦楽を共にし、運命を共有するような深い結びつきを表現する際に使われる。スポーツチームのスローガンなどにもなる。
一心不乱
いっしんふらん
一心不乱とは、一つのことに心を集中させ、他のことに気を取られない様子。「不乱」は心が乱れないこと。周囲の雑音が耳に入らないほど没頭して物事に取り組むさまを表す。「一心不乱に勉強する」「一心不乱に祈る」のように使う。
犬も歩けば棒に当たる
いぬもあるけばぼうにあたる
犬も歩けば棒に当たるとは、物事を行えば、思わぬ災難に遭うことがあるというたとえ。あるいは逆に、出歩けば思わぬ幸運に出会うこともあるという意味で使われることもある(現代では後者の意味も多い)。「棒」は棒で叩かれるような災難のこと。江戸いろはかるたの「い」。
一日一善
いちにちいちぜん
一日一善とは、一日に一つの善い行いをすることを心がけること。「一日に一度は善行を積めば、それが積み重なって大きな徳となる」という意味。ゴミを拾う、電車で席を譲る、笑顔で挨拶するといった小さな親切や感謝の気持ちを行動に移すことの大切さを説く言葉であり、継続することで立派な人格が形成されるとされる。
一喜一憂
いっきいちゆう
一喜一憂(いっきいちゆう)とは、状況が変わるたびに、喜んだり心配したりして落ち着かないこと。些細な出来事に振り回されて、感情が不安定になる様子を指す。「株価の変動に一喜一憂する」のように使われる。目先の変化にとらわれず、どっしりと構えることの大切さを説く文脈で使われることも多い。
百鬼夜行
ひゃっきやこう
百鬼夜行とは、多くの妖怪が夜中に列をなして歩き回ること。転じて、多くの悪人が我が物顔で勝手な振る舞いをすることのたとえ。誰も止める者がおらず、悪事や無法がまかり通っている恐ろしい状況や、奇怪な人々が集まっている様子を指す。「魑魅魍魎」と似た文脈で使われる。
半信半疑
はんしんはんぎ
半信半疑とは、半分は信じているが、半分は疑っている状態のこと。本当かどうか判断がつかず、迷っている心理を表す。うまい話を聞かされた時や、信じられないような奇跡的な話を聞いた時などに、完全に信じることも否定することもできない宙ぶらりんな心情を表現するのに適している。
下克上
げこくじょう
下克上(下剋上)とは、下の者が上の者を実力で倒し、その地位を奪い取ること。日本の戦国時代の特徴的な風潮。現代では、スポーツで格下のチームが強豪チームに勝つ「ジャイアントキリング」や、平社員が実力で上司を追い抜いて出世すること、新興ベンチャーが大企業を打ち負かすことなどを指して使われる。
一寸の虫にも五分の魂
いっすんのむしにもごぶのたましい
一寸の虫にも五分の魂とは、小さく弱い者にもそれなりの意志や誇りがあるのだから、決して侮ってはならないという戒め。一寸(約3cm)の半分の五分(約1.5cm)もの魂(気概)があるということから。下請けや立場の弱い相手をいじめると、思わぬ反撃を受けるぞという警告として使われることもある。
飛んで火に入る夏の虫
とんでひにいるなつのむし
飛んで火に入る夏の虫とは、自分から進んで危険や災難に飛び込んでいくこと、あるいは自ら破滅の原因を作りにいくことのたとえ。夏の夜、虫が明るい火に引き寄せられて焼け死ぬ様子から来ている。予期せず罠にかかるのではなく、無謀にも自ら飛び込む愚かさを強調する言葉。
千変万化
せんぺんばんか
千変万化(せんぺんばんか)とは、物事がさまざまに変化すること。また、その変化が極めて多彩で予測できないこと。「千」や「万」は数が多いことを表す。状況や景色、戦況などが刻一刻と移り変わる様子を形容する際に使われる。
粒粒辛苦
りゅうりゅうしんく
粒粒辛苦(りゅうりゅうしんく)とは、穀物の一粒一粒が農民の並々ならぬ苦労の結晶であることから、物事を成し遂げるために、コツコツと並外れた努力や苦労を重ねることのたとえ。「粒粒」は米の一粒一粒、「辛苦」はつらく苦しいこと。細かな努力を積み重ねて成果を得る様を指す。
流言飛語
りゅうげんひご
流言飛語(りゅうげんひご)とは、根拠のない無責任な噂話やデマのこと。「流言」は世間に広まる根拠のない言葉、「飛語」は飛び交う根拠のない言葉を指す。特に、社会不安や混乱に乗じて広まるデマゴギーを指すことが多い。事実無根の悪評などが、あっという間に拡散してしまう状況を表す。
身から出た錆
みからでたさび
身から出た錆とは、刀の錆が刀身そのものから生じて刀をダメにするように、自分の犯した悪行や過ちが原因で、自分自身が苦しむことになることのたとえ。自業自得。悪い報いを受ける際に使われる言葉であり、良い結果には使われない。
井の中の蛙大海を知らず
いのなかのかわずたいかいをしらず
井の中の蛙大海を知らずとは、狭い井戸の中に住む蛙は、外に広い海があることを知らないことから、自分の狭い知識や見解にとらわれて、広い世界があることを知らないことのたとえ。世間知らずや、独りよがりな考え方を戒める言葉。後に日本で「されど空の深さ(青さ)を知る」という続きが付け加えられることもあるが、本来の中国の故事にはない。
一を聞いて十を知る
いちをきいてじゅうをしる
一を聞いて十を知るとは、物事のほんの一部を聞いただけで、全体を理解してしまうほど、非常に賢く察しが良いことのたとえ。孔子の弟子である顔回(がんかい)の聡明さを称えた言葉。「一」は始まり、「十」は終わりや全体を意味する。
百発百中
ひゃっぱつひゃくちゅう
百発百中(ひゃっぱつひゃくちゅう)とは、弓や銃などを百回撃てば百回とも命中することから転じて、計画や予測、企てなどがすべて思い通りになり、一つも失敗しないこと。「百」は数が多いことのたとえ。極めて腕前が優れていることや、確率が非常に高いことの形容。
悲憤慷慨
ひふんこうがい
悲憤慷慨(ひふんこうがい)とは、世の中の悪や不正、あるいは自分の不運な運命に対して、悲しみ憤り、激しく嘆くこと。「悲憤」は悲しみ憤ること、「慷慨」は不正を憎んで心が昂ぶること。単に怒るだけでなく、正義感や憂国の情に基づいた、やり場のない強い感情を表す。
我武者羅
がむしゃら
我武者羅(がむしゃら)とは、一つの目的に向かって、後先を考えずにひたすら突き進むこと。「我」は自分、「武者」は強い人、「羅」は並ぶという意味の当て字で、語源は「我」と「貪(むさ)ぼる」が合わさったとも言われる。周囲が見えなくなるほど熱中する様子や、強引に行動する様子を指す。
風が吹けば桶屋が儲かる
かぜがふけばおけやがもうかる
風が吹けば桶屋が儲かるとは、一見すると全く関係のない事柄が、意外な因果関係によって巡り巡って影響を及ぼすことのたとえ。風が吹く→砂埃が舞う→盲人が増える→三味線が売れる→猫が減る→ネズミが増える→桶がかじられる→桶屋が儲かる、という長い理屈から来ている。現代では、論理の飛躍やこじつけの意味で使われることも多い。
失敗は成功の母
しっぱいはせいこうのはは
失敗は成功の母(失敗は成功のもと)とは、失敗しても諦めずに、その原因を究明して反省・改善すれば、かえって将来の成功につながるということ。エジソンが電球の発明において「私は失敗したのではない。うまくいかない1万通りの方法を発見したのだ」と言ったのは有名な例。失敗を恐れて挑戦しないことこそが最大のリスクであることを説く。
和をもって貴しとなす
わをもってとうとしとなす
和をもって貴しとなすとは、聖徳太子が定めた「十七条憲法」の第一条に出てくる言葉で、人々が調和し、争いを起こさないことが何よりも尊いことであるという教え。単に仲良くするだけでなく、しっかりと議論を尽くして納得の上で強力することも含意しているとされる。日本的な集団主義やチームワークの精神的支柱となっている言葉。
天下統一
てんかとういつ
天下統一とは、戦乱の世を平定し、国全体を一つの支配下に置くこと。日本の戦国時代において、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑が目指し、成し遂げた偉業として有名。ビジネスにおいては、ある市場(マーケット)で圧倒的なシェアを獲得し、独占的な地位を築くことの比喩として使われることもある(「業界の天下統一を果たす」)。
一所懸命
いっしょけんめい
一所懸命とは、一つの領地(場所)を命がけで守り抜くという武士の生き様に由来する言葉で、転じて、物事に命がけで真剣に取り組むこと。「一生懸命」への変化は、場所(所)よりも時間(生)の概念が一般的になった江戸時代以降の誤用が定着したものとされるが、現在ではどちらも同じ意味で使われている。本来の意味を重んじて「一所懸命」と表記する場合もある。
裸の王様
はだかのおうさま
裸の王様とは、権力や地位の高さゆえに周囲が批判できず、本人が自分の間違いや愚かさに気づいていない状態、またはそのような人物の比喩。アンデルセンの童話で、詐欺師に「馬鹿には見えない服」だと言われ、王様も家来も誰も「服が見えない(裸だ)」と言い出せず、パレードを行進した物語に由来する。組織の風通しが悪く、忖度が横行する状況への教訓として使われる。
電光石火
でんこうせっか
電光石火(でんこうせっか)とは、稲妻(電光)や、石を打って火花が出る(石火)時のように、動きが極めて速いこと。また、時間がごく短いことの例え。「電光石火の早業」など、瞬時の判断や素早い行動を称賛する際に使われる。
不偏不党
ふへんふとう
不偏不党(ふへんふとう)とは、いずれの党派や勢力にも偏らず、公平・中立の立場を貫くこと。「不偏」は偏らないこと、「不党」は徒党を組まない(特定のグループに属さない)こと。新聞や放送局などの報道機関の理念として掲げられることが多い。
不老長寿
ふろうちょうじゅ
不老長寿(ふろうちょうじゅ)とは、いつまでも若く、老いることなく長生きすること。古来より人類が抱き続けてきた究極の願い。「不老不死」とも言うが、長寿は死なないことまでは含意しない場合もある。現代ではアンチエイジング医学の究極の目標とも言える。
風光明媚
ふうこうめいび
風光明媚(ふうこうめいび)とは、自然の景色が清らかで美しく、眺めが優れていること。山や水などの自然の風景が、絵画のように美しい様子を形容する言葉。「風光」は景色、「明媚」は清らかで美しいことを意味する。観光地の紹介や、旅の思い出を語る際によく使われる四字熟語である。「山紫水明」と意味が近いが、風光明媚はより情緒的な美しさを強調する傾向がある。
言行一致
げんこういっち
言行一致(げんこういっち)とは、口で言うこと(言葉)と、実際に行うこと(行動)がぴったりと一致していること。主張と行動に矛盾がない、誠実な様子を表す。対義語は「言行不一致」や「二枚舌」。信頼される人物の条件として挙げられることが多く、「有言実行」よりもさらに強く、言葉と行動の統合性を重んじる四字熟語である。
五臓六腑
ごぞうろっぷ
五臓六腑(ごぞうろっぷ)とは、伝統中国医学(東洋医学)における内臓の総称。また、転じて「体内」や「腹の中」「心の中」の隅々までという意味。「五臓」は肝・心・脾・肺・腎、「六腑」は胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦を指す。「五臓六腑に染み渡る」といった表現で使われる。
平穏無事
へいおんぶじ
平穏無事(へいおんぶじ)とは、これといった変わったこともなく、穏やかで平和な状態が続いていること。波風が立たず、安らかな日々であることを表す。「無病息災」や「家内安全」と並んで、日常生活の幸福を願う言葉として使われる。ビジネスやプロジェクトにおいては、トラブルがなく順調に推移していることを指すが、時には「退屈」や「停滞」の裏返しとして使われることもあるかもしれない。
比翼連理
ひよくれんり
比翼連理(ひよくれんり)とは、男女の仲が極めて睦まじく、深く愛し合っていることの例え。「比翼」は比翼の鳥(片目片翼しかなく、二羽が一体となって飛ぶ空想上の鳥)、「連理」は連理の枝(二本の木の枝がくっついて一本になったもの)。夫婦の契りの固さを表す。
時期尚早
じきしょうそう
時期尚早(じきしょうそう)とは、ある事を行うにはまだ早すぎること。機が熟していないこと。「尚(なお)」は「まだ」の意味。「時期早尚」と書くのは誤り。準備不足や、周囲の環境が整っていない段階で実行しようとするのを諫める際によく使われる。
公私混同
こうしこんどう
公私混同(こうしこんどう)とは、公的な事柄(仕事や役職)と、私的な事柄(プライベートや個人的感情)をごちゃ混ぜにし、区別をつけないこと。会社の経費で家族旅行に行ったり、職権を利用して知人を優遇したりするなど、社会人として慎むべき態度とされる。
満場一致
まんじょういっち
満場一致(まんじょういっち)とは、その場にいる全員の意見が一つになること。反対者が一人もおらず、全員が賛成すること。「満場」は会場にいるすべての人。「全会一致」とも言う。民主的な意思決定において最も理想的とされる形だが、同調圧力の結果である場合も。
明眸皓歯
めいぼうこうし
明眸皓歯(めいぼうこうし)とは、明るく澄んだ瞳(眸)と、白く美しい歯(皓歯)のこと。美しく魅力的な女性の顔立ちを形容する言葉。「眸」は瞳、「皓」は白く輝くさま。楊貴妃の美しさを表現するために使われた言葉として有名。
未来永劫
みらいえいごう
未来永劫(みらいえいごう)とは、これから先の果てしなく長い時間のこと。永遠に。「永劫」は仏教用語で、天女が岩を羽衣で撫でて消滅させるほどの極めて長い時間(劫)を表す。未来にわたってずっと変わらないことを誓ったり、あるいは苦しみが続くことを嘆いたりする際に使われる。
問答無用
もんどうむよう
問答無用(もんどうむよう)とは、話し合い(問答)をしても無駄であること。また、有無を言わせず強引に事を行うこと。「議論の余地はない」「言い訳は聞かない」という強い拒絶の意を表す。時代劇で悪人を斬る際の決め台詞としても有名。
門外不出
もんがいふしゅつ
門外不出(もんがいふしゅつ)とは、貴重な物品などを厳重に保管して、決して家の門から外へ持ち出さないこと。また、優れた技術や奥義などを、自分の家の者や弟子以外には決して漏らさないこと。「秘中の秘」や「一子相伝」の技術などを指して使われる。転じて、極めて大切に扱われており、滅多に世間の目に触れることがない秘宝やコレクションを形容する際にも用いられる。
老若男女
ろうにゃくなんにょ
老若男女(ろうにゃくなんにょ)とは、老人と若者、男性と女性。つまり、年齢や性別に関わらず、すべての人々のこと。「ろうじゃくだんじょ」と読むのは誤り。あらゆる層を対象とする商品やサービス、イベントなどを説明する際によく使われる。
良妻賢母
りょうさいけんぼ
良妻賢母(りょうさいけんぼ)とは、夫にとっては良い妻であり、子供にとっては賢い母であること。明治時代以降、女子教育の理想像として掲げられた言葉。家庭を守り、子供を立派に育て上げる女性の鏡とされるが、現代では価値観の変化により使われる頻度は減っている。
三位一体
さんみいったい
三位一体(さんみいったい)とは、三つのものが一つになって、本質的に区別できないこと。また、三者が心を合わせて協力すること。「三位」は父(神)、子(キリスト)、聖霊のこと。「位(ペルソナ)」は三つだが、本質(神性)は同一であるというキリスト教の教義に由来する。
天地無用
てんちむよう
天地無用(てんちむよう)とは、運送荷物などの取り扱いにおいて、上下(天地)を逆さまにしてはいけないという意味の注意書き。「無用」は「してはいけない(禁止)」の意味だが、「天地を気にする必要はない」と誤解されることが多いため、最近は「上下逆さま厳禁」「この面を上に」と書かれることも多い。
和気藹々
わきあいあい
和気藹々(わきあいあい)とは、心と心が通じ合い、和やかで楽しそうな雰囲気が満ちていること。「和気」は穏やかな気分、「藹々」は草木が盛んに茂る様、転じて和やかな気が満ち溢れる様。職場やチームの良い雰囲気を表すのに最適な言葉。
一朝一夕
いっちょういっせき
一朝一夕(いっちょういっせき)とは、非常に短い期間のこと。「一朝」はひとあさ、「一夕」はひとばん。「一朝一夕にはいかない(そんなに簡単にはできない)」という否定の形で使われることが多く、長い日々の努力や積み重ねが必要であることを強調する際に用いられる。
一蓮托生
いちれんたくしょう
一蓮托生(いちれんたくしょう)とは、結果がどうなろうと、行動や運命を共にすること。本来は仏教用語で、死後に同じ蓮の花の上に生まれ変わること。転じて、死ぬまで運命を共にする深い絆や、悪い結果になるとしても最後まで付き合う覚悟を指す。
自画自賛
じがじさん
自画自賛(じがじさん)とは、自分の描いた絵に自分で賛(褒める詩文)を書き込むこと。転じて、自分の行為や成果を自分で褒め称えること。手前味噌。
厚顔無恥
こうがんむち
厚顔無恥(こうがんむち)とは、厚かましくて、恥を知らないこと。「厚顔」は面の皮が厚いこと、「無恥」は恥ずかしいと思わないこと。他人に迷惑をかけても平気な顔をしている人や、図々しい態度を批判する際に使われる四字熟語。
清廉潔白
せいれんけっぱく
清廉潔白(せいれんけっぱく)とは、心が清くて私欲がなく、行いが正しく後ろ暗いところが全くないこと。「清廉」は心が清くて欲がないこと、「潔白」は行いに汚れがないこと。政治家や公務員などに求められる資質であり、汚職や不正とは無縁の潔い姿勢を表す。
心機一転
しんきいってん
心機一転(しんきいってん)とは、あることをきっかけに、気持ちを良い方にがらりと切り替えること。「心機」は心の働き、気持ち。「一転」は全く変わること。失敗して落ち込んだ後や、新しい環境に移る時などに、前向きな気持ちで再スタートを切る決意を表す。
枝葉末節
しようまっせつ
枝葉末節(しようまっせつ)とは、物事の本質から外れた、些細な部分のこと。「枝葉」は幹から分かれた枝や葉、「末節」は末端の節。取るに足らない細かい事柄を指す。「枝葉末節にとらわれる」のように、どうでもいいことにこだわって本質を見失うことを戒める際に使う。
初志貫徹
しょしかんてつ
初志貫徹(しょしかんてつ)とは、最初に決めた志や目標を、最後までくじけずに貫き通すこと。「初志」は最初の気持ちや決意、「貫徹」は最後までやり通すこと。困難にぶつかっても諦めず、信念を持ってやり遂げる強い意志を表す四字熟語。
四字熟語
よじじゅくご
四字熟語とは、漢字四文字で構成される熟語のことであり、広義には単なる四文字の言葉も含むが、狭義には中国の故事や仏典などに由来し、特定の教訓や意味を持つ言葉を指す。「一石二鳥」「温故知新」など、短く簡潔に深い意味を伝える日本語の表現技法。
不言実行
ふげんじっこう
不言実行(ふげんじっこう)とは、あれこれ理屈や文句を言わずに、黙ってすべきことを実行すること。「男は黙って背中で語る」ような美学を表し、口先だけでなく、具体的な行動と結果で示すことの重要性を説く四字熟語。「有言実行」の対義語だが、本来はこちらが日本の伝統的な美徳とされた。
不倶戴天
ふぐたいてん
不倶戴天(ふぐたいてん)とは、同じ空の下には生かしておけないと思うほど、深く恨むこと。「倶(とも)に天を戴(いただ)かず」。父の仇(かたき)など、殺してやりたいと思うほどの激しい憎しみや、激しく対立する関係を表す。「不倶戴天の敵」のように使う。
複雑怪奇
ふくざつかいき
複雑怪奇(ふくざつかいき)とは、物事の事情が込み入っていて、非常にわかりにくく、不思議なこと。「複雑」は事情が入り組んでいること、「怪奇」はあやしく不思議なこと。糸が絡み合って解けないように、原因や関係性が掴めず、解決が難しい状況を指す。
拍手喝采
はくしゅかっさい
拍手喝采(はくしゅかっさい)とは、手を叩き、大声で褒めそやして喜ぶこと。「喝采」は声を上げて褒めること。素晴らしいパフォーマンスや演説に対して、観客が総立ちになって賞賛を送るような場面で使われる四字熟語。
品行方正
ひんこうほうせい
品行方正(ひんこうほうせい)とは、普段の行いが良く、真面目で、道徳的にも非の打ち所がないこと。「品行(素行)」が「方正(正しくきちんとしている)」という意味。
抱腹絶倒
ほうふくぜっとう
抱腹絶倒(ほうふくぜっとう)とは、腹を抱えてひっくり返るほど大笑いすること。「抱腹」は笑いをこらえるために腹を抱えること、「絶倒」は気絶して倒れるほど笑うこと、またはあまりの面白さに転げ回ることを意味する。「捧腹絶倒」とも表記され、立っていられないほどの衝撃的な笑いを表す。
百戦錬磨
ひゃくせんれんま
百戦錬磨(ひゃくせんれんま)とは、数多くの実戦や経験を積み、技術や判断力が磨かれていること。多くの戦いを経験して鍛え上げられたベテランを指す。「百戦錬磨の強者」のように、豊富な経験に裏打ちされた実力を持つ人物への敬意を込めて使われる。
一路邁進
いちろまいしん
一路邁進(いちろまいしん)とは、目的に向かって、わき目もふらずひたすら真っ直ぐに突き進むこと。「一路」は一つの道、ひたすらなこと。「邁進」は恐れることなく勇敢に進むこと。困難があっても目標を変えず、一直線に努力し続ける強い意志を表す四字熟語。
一騎当千
いっきとうせん
一騎当千(いっきとうせん)とは、一人で千人の敵を相手にできるほど、並外れて強いこと。また、その人。「一騎」は馬に乗った一人の武者。「一騎当千の猛者」のように、ずば抜けた実力や才能を持つヒーロー的な存在を形容する際に使われる。
異口同音
いくどうおん
異口同音(いくどうおん)とは、多くの人が口を揃えて同じことを言うこと。あらかじめ相談していたわけでもないのに、意見や評価が一致する様子。「異口」は別々の口、「同音」は同じ言葉。多くの人から支持されている、あるいは同じ感想を持たれている状況を示す。
一切合切
いっさいがっさい
一切合切(いっさいがっさい)とは、何から何まで、すべて残らずということ。「一切」も「合切」も「すべて」という意味で、それを重ねて強調した言葉。「一切合切を失う」「一切合切引き受ける」のように使い、物や事柄のすべてを包括的に指す。
縦横無尽
じゅうおうむじん
縦横無尽(じゅうおうむじん)とは、どの方向にも限りがないこと。転じて、自由自在に振る舞うこと。「縦横」は縦と横、あらゆる方向。「無尽」は尽きることがないこと。誰にも邪魔されず、思う存分に才能を発揮したり、動き回ったりする様子を指す。
堅忍不抜
けんにんふばつ
堅忍不抜(けんにんふばつ)とは、どんなに辛いことがあっても、じっと我慢して心を動かさないこと。「堅忍」は意志が堅く我慢強いこと、「不抜」は抜こうとしても抜けないほどしっかりしていること。困難に耐え抜く強い精神力を表す四字熟語。
古今東西
ここんとうざい
古今東西(ここんとうざい)とは、昔から今まで(時間)と、あらゆる場所(空間)のこと。「古今」は昔と今、「東西」は東洋と西洋(あちこち)。いつでもどこでも。「古今東西を問わず」と言えば、時代や場所に関係なく普遍的に当てはまることを意味する。
公明正大
こうめいせいだい
公明正大(こうめいせいだい)とは、隠し事がなく、公平で正しいこと。私心がなく、誰に対しても堂々としている様子。「公明」は公平で隠し立てがないこと、「正大」は行動が正しくて堂々としていること。選挙や裁判、スポーツの判定などで重んじられる態度。
虎視眈々
こしたんたん
虎視眈々(こしたんたん)とは、虎が獲物を狙って鋭い目で見下ろすように、じっくりと機会をうかがっている様子。「眈々」は鋭い目つきで見つめること。野望を抱きながら、チャンスが来るのを油断なく待ち構えている状況に使われる。
甲論乙駁
こうろんおつばく
甲論乙駁(こうろんおつばく)とは、互いにいろいろな意見を主張し合って、議論がまとまらないこと。「甲」の人が主張すれば、「乙」の人がそれに反論するというように、議論が対立して堂々巡りになる状態。収集がつかない会議や論争の様子を表す四字熟語。
内憂外患
ないゆうがいかん
内憂外患(ないゆうがいかん)とは、国内(組織内)には心配事があり、国外(外部)からは攻撃される恐れがあること。内にも外にも問題が山積みで、非常に苦しい状況。「内憂外患こもごも至る」のように使い、国家や企業が存亡の危機に瀕している状態を表す。
二律背反
にりつはいはん
二律背反(アンビバレンス)とは、カント哲学の用語で、互いに矛盾する二つの命題が、論理的にはどちらも妥当であること。一般的な用法としては、相反する二つの感情(愛と憎しみなど)や、両立しない二つの条件(品質とコストなど)に板挟みになっている状態を指す。
汚名返上
おめいへんじょう
汚名返上(おめいへんじょう)とは、失敗などで受けた悪い評判(汚名)を、新たな成果を上げることで消し去り、名誉を取り戻すこと。「汚名挽回」と言うのは誤用(挽回は元に戻すことなので、汚名を元に戻してどうする、となる)。「名誉挽回」なら正しい。
才色兼備
さいしょくけんび
才色兼備(さいしょくけんび)とは、優れた才能と、美しい容姿の両方を持っていること。「才」は才能や知性、「色」は顔かたちや容貌。「兼備」は両方を兼ね備えていること。主に女性に対して使われる褒め言葉で、知的で美しい理想的な人物像を表す四字熟語。
七転八倒
しちてんばっとう
七転八倒(しちてんばっとう)とは、激しい苦痛のために、転げ回って悶え苦しむこと。「七転び八起き」と混同しやすいが、こちらは苦しみもがく様を表す。「虫歯の痛みで七転八倒する」のように使う。また、混乱して収拾がつかない状態を指すこともある。
率先垂範
そっせんすいはん
率先垂範(そっせんすいはん)とは、人の上に立つ者が、自ら進んで手本を示し、人々を導くこと。「率先」は先頭に立つこと、「垂範」は模範を示すこと。リーダーシップの基本姿勢として、口先だけでなく行動で示すことの重要性を説く四字熟語。
天真爛漫
てんしんらんまん
天真爛漫(てんしんらんまん)とは、飾ったり気取ったりせず、生まれつきの素直な心がそのまま表れている様子。「天真」は純粋な性情、「爛漫」は花が咲き乱れるように輝くさま。明るく無邪気で、憎めない人柄を褒める際によく使われる四字熟語。
有象無象
うぞうむぞう
有象無象(うぞうむぞう)とは、世の中に数多くいる、取るに足りないつまらない人や物のこと。種々雑多な集団を軽蔑して言う言葉。「象」は形あるものすべてを指す仏教用語に由来するが、現代では「どこの馬の骨とも知れない連中」という意味合いで使われる。
独立独歩
どくりつどっぽ
独立独歩(どくりつどっぽ)とは、他人に頼らず、自分の信じる道や考えに従って、一人で物事を行うこと。周囲に迎合せず、自分の力で道を切り開く強い自立心を表す。「独立独行(どくりつどっこう)」とも言う。確固たる信念を持って行動する人を賞賛する際に使われる。
同床異夢
どうしょういむ
同床異夢(どうしょういむ)とは、同じ立場や境遇にありながら、考えていることや目的が全く違うことの例え。「床(とこ)」を同じくして寝ていても、見ている夢は異なることから。表向きは協力していても、腹の中では別のことを企んでいる場合などに使われる四字熟語。
風林火山
ふうりんかざん
風林火山とは、「疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如し」の略。孫子の兵法の一節で、戦いにおける軍隊の動き方を説いたもの。武田信玄が軍旗に記したことで有名。
不即不離
ふそくふり
不即不離(ふそくふり)とは、付かず離れずの関係にあること。「即」はつく、「離」ははなれること。二つのものの関係が、密接すぎず、かといって疎遠でもない、ちょうどよい距離感を保っている状態。または、曖昧ではっきりしない態度を指すこともある。
臥薪嘗胆
がしんしょうたん
臥薪嘗胆(がしんしょうたん)とは、復讐のために、あるいは大きな目的を達成するために、長い間苦労に耐えること。「薪(たきぎ)の上に寝て、苦い肝(きも)を舐める」こと。呉越同舟の故事(呉王・夫差と越王・勾践のライバル関係)に由来する四字熟語。
群雄割拠
ぐんゆうかっきょ
群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)とは、多くの英雄や実力者が、各地に自分の勢力基盤(拠点)を構え、互いに勢力を争って対立している状態。戦国時代のような乱世の様相を指すが、ビジネスにおいても、多くの企業がシェア争いをしている激戦市場(レッドオーシャン)などに例えられる。
波乱万丈
はらんばんじょう
波乱万丈(はらんばんじょう)とは、物事の変化が極めて激しく、劇的であること。人生や物語の展開などが、平穏無事ではなく、良いことも悪いことも次々と起こり、浮き沈みが激しい様子を指す。「波乱」は揉め事や騒ぎ、「万丈」は非常に高い(深い)こと。
百花繚乱
ひゃっかりょうらん
百花繚乱(ひゃっかりょうらん)とは、種々の花が色とりどりに咲き乱れること。転じて、優れた人物や才能あふれる人々が一時期に数多く現れることや、素晴らしい業績などが華やかに並ぶ様子を指す。「百花」は多くの花、「繚乱」は入り乱れて咲くさま。
医食同源
いしょくどうげん
医食同源(いしょくどうげん)とは、病気を治す薬も、日常の食事も、健康を保つ源は同じであるという考え方。バランスの取れた美味しい食事をとることは、薬を飲むのと同じくらい健康維持に大切だということ。中国の「薬食同源」という思想を元にした造語。
一致団結
いっちだんけつ
一致団結(いっちだんけつ)とは、多くの人々が同じ目的に向かって、心を一つにし、固く結びつくこと。「一致」は心が一つになること、「団結」は強く結びつくこと。チームワークの良さや、困難に立ち向かう際の組織力の強さを表す四字熟語。
一長一短
いっちょういったん
一長一短(いっちょういったん)とは、良いところ(長所)もあれば、悪いところ(短所)もあるということ。完璧なものはなく、メリットとデメリットが混在している状態。「あの案は一長一短だね」のように、どちらとも決めかねる場合に使われる四字熟語。
一念発起
いちねんほっき
一念発起(いちねんほっき)とは、これまでの生き方や考えを改め、何かを成し遂げようと強い決意を固めること。「一念」はひたすらに思い込む心、「発起」は仏道に入ろうと決心すること(発菩提心)が原義。現代では、何か新しい目標に向かって決意する際によく使われる。
意気投合
いきとうごう
意気投合(いきとうごう)とは、互いの気持ちや考え方、興味などがぴったりと一致し、すぐに仲良くなること。「意気」は心の働きや気概、「投合」は条件や気持ちがぴったり合うこと。初対面の人とでも、共通の話題などを通じて心の距離が急速に縮まる様子を指す。
慇懃無礼
いんぎんぶれい
慇懃無礼(いんぎんぶれい)とは、表面はやたらに丁寧だが、実は心の中で相手を見下していること。また、丁寧すぎてかえって失礼になること。「慇懃」は丁寧で礼儀正しいこと。「無礼」は礼儀に欠けること。嫌味なほど丁寧な態度を指して使われる四字熟語。
自暴自棄
じぼうじき
自暴自棄(じぼうじき)とは、失望や不満から、どうにでもなれという投げやりな気持ちになり、自分自身を大切にせず、粗末に扱うこと。「自暴」は自分を損なうこと、「自棄」は自分を捨てること。「やけっぱち」や「やけくそ」になる状態を表す四字熟語。
艱難辛苦
かんなんしんく
艱難辛苦(かんなんしんく)とは、困難に遭って、辛く苦しい思いをすること。「艱難」は困難や災難、「辛苦」は辛く苦しいこと。人生には様々な試練があるが、それを乗り越える努力や苦労を指して使われる。「艱難辛苦を乗り越えて」のように使う。
巧言令色
こうげんれいしょく
巧言令色(こうげんれいしょく)とは、言葉を巧みに飾り、顔色をつくろって、相手に気に入られようと媚びへつらうこと。「巧言」は口先だけのうまい言葉、「令色」は愛想のいい顔つき。「巧言令色鮮(すく)なし仁(そのような人には誠実な思いやりが少ない)」と続く論語の言葉。
驚天動地
きょうてんどうち
驚天動地(きょうてんどうち)とは、世間を非常に驚かせること。「天を驚かし地を動かす」ほどの衝撃的な出来事。大地震や大事件、または素晴らしい偉業などを表現する際に使われる誇張表現。「驚天動地の大ニュース」のように使う四字熟語。
満身創痍
まんしんそうい
満身創痍(まんしんそうい)とは、体中が傷だらけであること。「満身」は全身、「創痍」は切り傷や打ち身のこと。転じて、激しい非難を浴びたり、精神的に痛めつけられたりして、ボロボロの状態を指す。「満身創痍でゴールする」のように、限界に近い状態を表す。
三寒四温
さんかんしおん
三寒四温(さんかんしおん)とは、冬から春にかけて、寒い日が3日続くと、その後に暖かい日が4日続く、という周期的な気候の変化のこと。これを繰り返しながら、少しずつ暖かくなり、本格的な春が訪れる。季節の変わり目を表す言葉。
試行錯誤
しこうさくご
試行錯誤(しこうさくご)とは、新しいことに挑戦する際、あれこれ試してみては失敗し、その失敗から学んで改良を重ね、解決策を見つけ出すこと。「トライ・アンド・エラー」。最初から正解がわからない問題に対して、失敗を恐れずに何度も試すプロセスのこと。
深謀遠慮
しんぼうえんりょ
深謀遠慮(しんぼうえんりょ)とは、遠い将来のことまで見通して、深く考えを巡らせて計画を立てること。「深謀」は深い計略、「遠慮」は遠い先までの見通し。目先の利益にとらわれず、長期的な視点に立って物事を考える、思慮深さを称える四字熟語。
心技一体
しんぎいったい
心技体(しんぎたい)とは、精神力(心)、技術(技)、体力(体)の3つの要素が、バランス良く充実していること。スポーツや武道において、一流のアスリートに求められる条件とされる。「心技体が揃った横綱」のように使われる。
質実剛健
しつじつごうけん
質実剛健(しつじつごうけん)とは、飾り気がなく真面目で、心身ともにたくましく強いこと。「質実」は中身が充実していて飾らないこと、「剛健」は心と体が強く健全なこと。伝統的な校訓などでよく使われ、男らしく頼もしい気風や様子を称える四字熟語。
正真正銘
しょうしんしょうめい
正真正銘(しょうしんしょうめい)とは、嘘や偽りが全くなく、本物であること。「正真」は仏教用語で真実、「正銘」は刀剣などが本物であるという鑑定書(銘)のこと。
迂余曲折
うよきょくせつ
紆余曲折(うよきょくせつ)とは、物事が順調にいかず、事情が複雑に入り組んで、いろいろな変化があること。「紆余」は道がぐにゃぐにゃ曲がること、「曲折」は折れ曲がること。苦労して遠回りをしながら、解決や結末に至るまでの複雑な経過を表す。
勇往邁進
ゆうおうまいしん
勇往邁進(ゆうおうまいしん)とは、恐れることなく、自分の目的や目標に向かってひたすら前進すること。「勇往」は勇んで行くこと、「邁進」は突き進むこと。どんな困難があっても挫けずに、勇気を持って突き進む様子を表す四字熟語。
悠々自適
ゆうゆうじてき
悠々自適(ゆうゆうじてき)とは、世間のしがらみに煩わされず、自分の思うままに、ゆったりと心静かに暮らすこと。「悠々」はゆったりと落ち着いた様、「自適」は自分の意のままに楽しむこと。定年退職後などに、趣味などを楽しみながら穏やかに過ごす理想的な生活。
独断専行
どくだんせんこう
独断専行(どくだんせんこう)とは、自分一人の判断で勝手に物事を進めること。「独断」は自分ひとりで決めること、「専行」は自分だけで行うこと。周囲に相談せず、勝手に振る舞う様子を批判的に言う場合が多いが、リーダーシップの強さを表す場合もある。
群鶏一鶴
ぐんけいのいっかく
群鶏の一鶴(ぐんけいのいっかく)とは、多くの凡人(鶏の群れ)の中に、一人だけ優れた人物(鶴)が混じっていることの例え。「掃き溜めに鶴」と似ているが、こちらは周囲との対比で際立って優れている様子を強調する。「あの中で彼はまさに群鶏の一鶴だった」のように使う。
反面教師
はんめんきょうし
反面教師(はんめんきょうし)とは、悪い見本として、そこから反省や教訓を得るべき相手のこと。他人の失敗や悪行を見て、「自分はああなってはいけない」と自戒の材料にすること。中国の毛沢東が、粛清した相手を指して使った言葉が由来とされる。
一汁一菜
いちじゅういっさい
一汁一菜(いちじゅういっさい)とは、ご飯、汁物(味噌汁)、おかず(菜)一品だけの簡素な食事のこと。飽食の時代において、あえて質素な食事にすることで健康を保ち、生活を整えるライフスタイルとして見直されている。土井善晴氏の提唱で話題になった。
一目瞭然
いちもくりょうぜん
一目瞭然(いちもくりょうぜん)とは、ひと目見ただけではっきりと分かり、疑う余地がないこと。「瞭然」は明らかであるさま。誰が見ても明らかで、説明するまでもないような状態を指す。「結果は一目瞭然だ」のように、優劣や事実関係が明白な場合に使われる。
一攫千金
いっかくせんきん
一攫千金(いっかくせんきん)とは、一つの仕事やチャンスで、一度に莫大な利益を得ること。「攫」は鳥が獲物を掴むこと。地道に稼ぐのではなく、濡れ手で粟のように、一気にお金持ちになることを夢見るときに使われる。「一獲千金」とも書く。
侃侃諤諤
かんかんがくがく
侃々諤々(かんかんがくがく)とは、遠慮せずに盛んに議論を戦わせること。「侃々」は剛直で正義感が強いさま、「諤々」は直言してはばからないさま。喧嘩ごしではなく、建設的に意見をぶつけ合う様子。「喧々囂々(けんけんごうごう:やかましく騒ぐ)」とは意味が異なる。
起承転結
きしょうてんけつ
起承転結(きしょうてんけつ)とは、漢詩の絶句の構成法の一つ。書き起こし(起)、それを受け継ぎ発展させ(承)、視点を変えて変化をつけ(転)、全体を締めくくる(結)という4段構成のこと。物語やプレゼンテーションの基本構成として使われる。
孤軍奮闘
こぐんふんとう
孤軍奮闘(こぐんふんとう)とは、支援がなく孤立した状態で、一人(または少人数)で必死に戦うこと。周囲からの助けが期待できない絶望的な状況下で、気力を振り絞って困難なプロジェクトや課題に立ち向かう様子を指す。「孤軍」は味方のいない軍勢、「奮闘」は勇気を奮って戦うこと。
鏡花水月
きょうかすいげつ
鏡花水月(きょうかすいげつ)とは、鏡に映った花や水に映った月のように、目には見えるが手には取れないものの例え。また、言葉では表現しきれないほどの深い趣や、はかなく美しい幻のような情景を指すこともある。詩歌や小説の美的表現として使われる。
旧態依然
きゅうたいいぜん
旧態依然(きゅうたいいぜん)とは、昔のままで全く進歩や発展がない様子。古い体制や習慣がそのまま残っていて、変化に対応できていない状態。「旧態依然とした組織」「旧態依然としたやり方」のように、時代遅れであることを批判的に表現する際に使われる。
面従腹背
めんじゅうふくはい
面従腹背(めんじゅうふくはい)とは、表面では服従しているように見せかけて、内心では反発していること。「面(おもて)」では従い、「腹(はら)」では背く。上司や権力者に対して、表向きは逆らわず、陰で舌を出して命令を聞き流すような態度を指す四字熟語。
難攻不落
なんこうふらく
難攻不落(なんこうふらく)とは、城や要塞の守りが堅く、なかなか攻め落とせないこと。転じて、説得するのが難しい相手や、解決が困難な問題、簡単には破られない記録などを指す。「難攻不落の要塞」や「難攻不落の処女」のように使われる四字熟語。
二人三脚
ににんさんきゃく
二人三脚(ににんさんきゃく)とは、二人が横に並び、互いの足首を紐で結んで走る競技。転じて、二人が心を合わせ、協力して物事を行うことの例え。パートナーシップが不可欠な仕事や、夫婦で困難に立ち向かう様子などを指す。「二人三脚で乗り越える」のように使う。
二束三文
にそくさんもん
二束三文(にそくさんもん)とは、数が多くても値段が極めて安いこと。草鞋(わらじ)が二足で三文にしかならないほどの投げ売り状態だったことに由来する。捨てるよりはマシだが、ほとんど価値がない値段で買い叩かれる状況を指す。
適材適所
てきざいてきしょ
適材適所とは、人の才能や性質をよく見極めて、それにふさわしい地位や任務を与えること。材木をその性質に合わせて適当な場所に使うことから。それぞれの強みを活かせる配置にすることで、組織全体のパフォーマンスを最大化できるという人事の原則。
理路整然
りろせいぜん
理路整然(りろせいぜん)とは、物事の筋道がきちんと通っていて、矛盾がなく整っていること。「理路」は物事の筋道、「整然」は秩序正しく整っているさま。話や文章が論理的で分かりやすいことを褒める際に使われる四字熟語。
青天白日
せいてんはくじつ
青天白日(せいてんはくじつ)とは、よく晴れ渡った青空と輝く太陽のこと。転じて、心にやましい点が全くなく、潔白であることの例え。また、無実の罪が晴れて、身の潔白が証明されること。「青天白日の身となる」のように使われる四字熟語。
千客万来
せんきゃくばんらい
千客万来(せんきゃくばんらい)とは、たくさんの客が次から次へと絶え間なくやってくること。商売が非常に繁盛している様子。「千客」は多くの客、「万来」は多くの人が来ること。お店やイベントなどで、客足が途絶えない大盛況の状態を指す四字熟語。
千差万別
せんさばんべつ
千差万別(せんさばんべつ)とは、種々様々で違いがあること。一つ一つの間に多くの違いがあり、決して一様ではないこと。「千差」や「万別」は違いが非常に多いという意味。人の性格や考え方、物事の種類などが、それぞれ異なっている様子を表す。
先憂後楽
せんゆうこうらく
先憂後楽(せんゆうこうらく)とは、世の中の人々より先に国のことを心配し、人々が楽しんだ後に自分が楽しむこと。為政者(リーダー)のあるべき姿を説いた言葉。自分の楽しみや利益を後回しにし、公のために尽くす高潔な精神を表す。
新進気鋭
しんしんきえい
新進気鋭(しんしんきえい)とは、ある分野に新しく登場し、意気込みが盛んで将来有望なこと。「新進」は新しくデビューすること、「気鋭」は意気込みが鋭いこと。若手作家や研究者、起業家などの登場を歓迎する際によく使われる。
疾風迅雷
しっぷうじんらい
疾風迅雷(しっぷうじんらい)とは、激しく吹く風と激しい雷のこと。転じて、行動が非常に素早く、勢いが激しいことの例え。「疾風」は速い風、「迅雷」は激しい雷。目にも止まらぬ速さで敵を圧倒する様子や、事態が急激に動くさまを表す四字熟語。
獅子奮迅
ししふんじん
獅子奮迅(ししふんじん)とは、獅子(ライオン)が勇み立って暴れ回るように、激しい勢いで活動すること。ものすごい勢いで敵を倒したり、仕事に取り組んだりする様子を表す。「獅子奮迅の働きを見せる」のように、八面六臂(はちめんろっぴ)と似た意味で使われる。
主客転倒
しゅかくてんとう
主客転倒(しゅかくてんとう)とは、主人と客の立場が逆になること。転じて、物事の軽重や順序、立場などが逆転すること。「本末転倒」と似た意味。本来重要であるべきものが軽んじられ、どうでもいいものが重視されるような状況を指す四字熟語。
泰山鳴動
たいざんめいどう
泰山鳴動して鼠一匹とは、大きな騒ぎになった割には、実際の結果がごく些細なことであるという例え。「泰山」のような大きな山が鳴り響くほどの前触れがあったのに、出てきたのはネズミ一匹だけだったことから。大げさな予告の割に実態が伴わないこと。
胆大心小
たんだいしんしょう
胆大心小(たんだいしんしょう)とは、度胸は大きく大胆に持ち、かつ注意は細かく慎重に払うこと。「胆」は肝っ玉、「心」は気配り。大胆さと慎重さを兼ね備えていることが、事を成すために重要であるという教え。「大胆かつ繊細」と言い換えることもできる。
他力本願
たりきほんがん
他力本願(たりきほんがん)とは、本来は「阿弥陀仏の力によって救済されること」という浄土真宗の教え。現代では転じて「他人任せで、自分は何もしないこと」という悪い意味で使われることが多いが、ビジネスでは「他人の力を活用する(レバレッジ)」という文脈で再評価されつつある。
天変地異
てんぺんちい
天変地異(てんぺんちい)とは、台風、洪水、地震、噴火など、自然界で起こる異変や災害のこと。「天変」は空の異変(日食や嵐など)、「地異」は地上の異変(地震や津波など)。人智を超えた恐ろしい自然災害や、世の中がひっくり返るような大事件を指す。
徹頭徹尾
てっとうてつび
徹頭徹尾(てっとうてつび)とは、最初から最後まで、信念や方針を貫き通すこと。頭から尾までという意味。途中で考えを変えたり妥協したりせず、あくまでも自分の立場や主張を貫く様子。「徹頭徹尾反対する」のように、強い意志やブレない姿勢を表す際に使われる。
東奔西走
とうほんせいそう
東奔西走(とうほんせいそう)とは、ある目的のために、あちこち忙しく駆け回ること。「東奔」は東へ走り、「西走」は西へ走ること。仕事や用事を成し遂げるために、東へ西へと場所を移動しながら、休む間もなく奔走する様子を表す四字熟語。
有耶無耶
うやむや
うやむやとは、物事の真相や結末をはっきりさせず、あいまいにぼかしてしまうこと。肯定するのか否定するのか分からないような態度。「有耶無耶」と書くが、これは「耶(か)有りや、耶(か)無しや(あるのかないのか)」という漢文的な表現に由来すると言われる。
和洋折衷
わようせっちゅう
和洋折衷(わようせっちゅう)とは、日本風(和)と西洋風(洋)の様式を、程よく取り混ぜて調和させること。「折衷」は二つのものの良いところを取って一つに合わせること。あんぱん、カツ丼、着物にブーツなど、日本の文化と西洋の文化を融合させたものを指す。
勇猛果敢
ゆうもうかかん
勇猛果敢(ゆうもうかかん)とは、勇ましくて強く、決断力があること。「勇猛」は勇気があって猛々しいこと、「果敢」は大胆に決断して実行すること。困難や危険を恐れずに、積極的に挑戦する姿勢を称える四字熟語。「勇猛果敢なアタック」のように使う。
前途洋々
ぜんとようよう
前途洋々(ぜんとようよう)とは、これからの将来が明るく、希望に満ちていること。「前途」は将来、「洋々」は海が広々と果てしない様子。卒業や就職など、新しい人生の門出にあたって、若者の未来を祝福する際によく使われる言葉。
縁木求魚
えんぼくくぎょ
縁木求魚(えんぼくきゅうぎょ)とは、方法や手段を間違えていては、目的を達成することは不可能であるという例え。木によじ登って魚を探しても見つかるはずがないことから。「畑違いのことをする」「見当違いの努力をする」という意味で使われる四字熟語。
不撓不屈
ふとうふくつ
不撓不屈(ふとうふくつ)とは、どんな困難や苦労に出会っても、決して心がくじけないこと。「撓(たわ)む」も「屈(くっ)する」も曲がるという意味。強い意志を持って、困難に立ち向かう精神を表す。座右の銘としても人気のある四字熟語。
付和雷同
ふわらいどう
付和雷同(ふわらいどう)とは、自分にしっかりとした定見(考え)がなく、むやみに他人の意見にすぐ賛成すること。「付和」は相手の意見に合わせること、「雷同」は雷が鳴ると万物が響くように、わけも分からず同調すること。主体性のなさを批判する言葉。
眼光紙背
がんこうしはい
丸紅(がんこうしはい)とは、顔色が若々しく、白髪の老人のこと。元気な高齢者。「顔(がん)」は顔色、「厚(こう)」は若々しいこと(ここでは「紅」の誤りではなく意訳)。転じて、老人を敬って呼ぶ言葉。長寿を祝う際などに使われる四字熟語。
八面六臂
はちめんろっぴ
八面六臂(はちめんろっぴ)とは、一人で何人分もの活躍をすること。仏像の「八つの顔と六つの腕」を持つ姿から、あらゆる方面に素晴らしい働きを見せることを指す。「八面六臂の大活躍」のように、獅子奮迅の働きをしてチームを支えるエースを称える言葉。
八方美人
はっぽうびじん
八方美人(はっぽうびじん)とは、誰に対しても愛想よく振る舞い、良く思われようとすること。本来は「どこから見ても欠点のない美人」という褒め言葉だったが、現在は「誰にでもいい顔をして、本心が見えない」「信用できない」という批判的な意味で使われることが多い。
変幻自在
へんげんじざい
変幻自在(へんげんじざい)とは、思うままに姿を変えたり、現れたり消えたりすること。「変幻」は幻のように変化すること。「自在」は思い通りになること。カメレオンのように状況に合わせて姿を変えたり、予測不能な動きで相手を翻弄したりする様子。
百尺竿頭
ひゃくしゃくかんとう
百尺竿頭に一歩を進むとは、すでに十分に努力して到達した高い境地から、さらに向上を目指してもう一歩踏み出すこと。「百尺竿頭」は非常に高い竿の先。現状に満足せず、さらなる高みを目指す探求心や、命がけの決意を称える言葉。
一意専心
いちいせんしん
一意専心(いちいせんしん)とは、他のことには心を向けず、一つのことだけに心を集めて集中すること。「一意」は一つの考え、「専心」は心を専らにすること。ひたすらその事柄に打ち込む様子。「一意専心、研究に没頭する」のように使う四字熟語。
一気呵成
いっきかせい
一気呵成(いっきかせい)とは、物事を途中で休まずに、一気に成し遂げること。「呵」は息を吹きかけること、「成」は成し遂げること。凍った筆に息を吹きかけて溶かしながら、一気に文章を書き上げたという故事に由来する。勢いに乗って短期間で仕事を仕上げる様子。
一生懸命
いっしょうけんめい
一生懸命(いっしょうけんめい)とは、命がけで物事に取り組むこと。本来は「一所懸命(一箇所の領地を命がけで守る)」だったが、発音が似ているため変化した。現在ではどちらも使われるが、ひたむきに努力する様子を表す言葉として定着している。
順風満帆
じゅんぷうまんぱん
順風満帆とは、追い風(順風)を帆いっぱいに受けて船が快調に進むこと。転じて、物事がすべて順調に、思い通りに進んでいる状態のたとえ。
隔靴掻痒
かっかそうよう
隔靴掻痒(かっかそうよう)とは、靴の上から痒いところをかくように、物事の核心に触れられず、もどかしいこと。「隔靴」は靴を隔てること、「掻痒」は痒いところをかくこと。思うようにならず、じれったい状態や、表現が的確でなく理解しづらい状況を指す。
苛政猛虎
かせいもうこ
苛政は虎よりも猛なり(かせいはとらよりももうなり)とは、過酷な政治や重税は、人を食い殺す虎よりも恐ろしい災いをもたらすということ。「苛政猛虎」とも略される。為政者の横暴は、民衆にとって命の危険である野獣(自然の脅威)以上に耐え難いものであるという、政治への強烈な批判と戒めを含んだ言葉。
鶏口牛後
けいこうぎゅうご
鶏口牛後(けいこうぎゅうご)とは、大きな組織の末端に従うよりも、小さな組織のトップになった方がよいという教え。「鶏口」は鶏の口(小さな団体の長)、「牛後」は牛の尻(大きな団体の下っ端)。独立心や起業家精神を奨励する言葉として使われる。
奇奇怪怪
ききかいかい
奇奇怪怪(ききかいかい)とは、非常に不思議で、常識では理解できない奇怪なさま。「奇奇」も「怪怪」も不思議なことを強調した言葉。オカルト的な現象だけでなく、理解に苦しむ人物の言動や事件に対しても使われる四字熟語。
危急存亡
ききゅうそんぼう
危急存亡の秋(ききゅうそんぼうのとき)とは、生きるか死ぬか、存続するか滅びるかという、極めて危険で重要な瀬戸際のこと。「秋」は重要な時期、ときという意味。組織や国家の命運がかかっているような、重大なピンチを指して使われる表現。
君子豹変
くんしひょうへん
君子豹変(くんしひょうへん)とは、立派な人物(君子)は、自分の過ちに気づけばすぐに改め、態度や考えをがらりと良い方向に変えるということ。現代では誤用され、「主張がころころ変わる節操のない人」という悪い意味で使われることが多いが、本来は褒め言葉。
孟母三遷
もうぼさんせん
孟母三遷(もうぼさんせん)とは、子供の教育には環境が何より大切であるという教え。孟子の母が、子供の教育のために、墓場の近く、市場の近く、学校の近くへと、三度住居を変えたという故事に由来する。朱に交われば赤くなると同様、環境が人に与える影響を説いた言葉。
無病息災
むびょうそくさい
無病息災(むびょうそくさい)とは、病気をせず、健康で元気なこと。「息災」は仏教用語で、災いを止めること、転じて健康であることを意味する。お守りや年賀状などで、相手の健康と平穏な生活を祈る言葉として広く使われている。
晴耕雨読
せいこううどく
晴耕雨読(せいこううどく)とは、晴れた日には田畑に出て働き、雨の日には家で静かに読書をするような、自然の流れに逆らわず、心穏やかに暮らす生活様式のこと。世間の喧騒を離れた、自由で悠々自適なスローライフを表現する言葉。
千載一遇
せんざいいちぐう
千載一遇(せんざいいちぐう)とは、千年に一度しか巡ってこないような、極めて稀で素晴らしいチャンスのこと。「載」は年、「遇」は出会うこと。滅多にない好機なので、この機会を絶対に逃してはならないという文脈で使われる。「千載一遇の好機」が定型句。
戦戦恐恐
せんせんきょうきょう
戦々恐々(せんせんきょうきょう)とは、ある物事を恐れて、びくびくすること。「戦々」は震えること。「恐々」は恐れること。失敗や処罰などを恐れて、小心翼々としておびえる様子を表す。「戦々恐々とする」のように使う。
切磋琢磨
せっさたくま
切磋琢磨(せっさたくま)とは、仲間同士が互いに励まし合い、競い合って、学問や技術、人格などを磨き高めること。骨、象牙、玉、石などの素材を、切ったり磨いたりして加工する工程に例えた四字熟語。「ライバルと切磋琢磨する」のように使う。
色即是空
しきそくぜくう
色即是空(しきそくぜく)とは、この世にあるすべての物質や現象(色)は、本質的な実体がなく(空)、因縁によって一時的に存在しているに過ぎないという仏教の教え。般若心経の一節。執着を捨て、物事の真理を見極めることの大切さを説く。
諸行無常
しょぎょうむじょう
諸行無常(しょぎょうむじょう)とは、この世のすべてのものは常に変化し続け、永遠に不変なものなどないという仏教の根本思想。「平家物語」の冒頭で有名。権勢を誇った者もいつかは滅びるという、世の中の儚(はかな)さを表す言葉として使われる。
酒池肉林
しゅちにくりん
酒池肉林(しゅちにくりん)とは、酒を池のように満たし、肉を林のように吊るした、極めて贅沢で豪遊する宴会のこと。古代中国の殷の紂王(ちゅうおう)が行ったとされる。「肉林」は肉体ではなく食用の肉を指す。転じて、豪奢を尽くした乱痴気騒ぎを指す。
取捨選択
しゅしゃせんたく
取捨選択(しゅしゃせんたく)とは、多くのものの中から、良いものや必要なものを選び取り、悪いものや不必要なものを捨てること。情報の整理や、物事の優先順位を決める際に行うプロセス。すべてを取ることはできないため、意思決定には取捨選択が不可欠である。
漱石枕流
そうせきちんりゅう
漱石枕流(そうせきちんりゅう)とは、負け惜しみが強く、自分の間違いを認めずに、理屈をつけて強弁すること。「石に漱(くちすす)ぎ、流れに枕する」と言い間違えたのを、「石で歯を磨き、流れで耳を洗うためだ」と言い逃れした故事(夏目漱石のペンネームの由来)から。
水滴穿石
すいてきせんせき
水滴石を穿つ(すいてきいしをうがつ)とは、小さな水滴でも、長い間落ち続ければ硬い石に穴を開けることができるということ。どんなに非力でも、根気よく努力を続ければ、いつかは大きな成果を上げることができるという教え。「継続は力なり」と同じ意味。
単刀直入
たんとうちょくにゅう
単刀直入(たんとうちょくにゅう)とは、前置きや遠回しな表現を抜きにして、いきなり本題に入ること。一本の刀を持って敵陣に深く切り込むという意味から。無駄話を省いて、要点だけをズバリと言うさま。「単刀直入に申し上げます」のように使う。
天罰覿面
てんばつてきめん
天罰覿面(てんばつてきめん)とは、悪いことをすると、天が下す罰が即座に現れるということ。「覿面」は目の当たりに見える、即座に効果が出るという意味。悪事は必ず露見し、報いを受けるという戒めとして使われる四字熟語。
天衣無縫
てんいむほう
天衣無縫(てんいむほう)とは、詩や文章などが、技巧の跡がなく、自然で完全無欠に美しいこと。また、人柄が飾らず無邪気であること。「天衣」は天女の衣、「無縫」は縫い目がないこと。天人の服には縫い目がないという伝説から、わざとらしさが全くない自然な美しさを表す。
雲泥の差
うんでいのさ
雲泥の差(うんでいのさ)とは、雲(天)と泥(地)のように、二つのものの間に非常に大きな隔たりや違いがあること。比較にならないほど差がある状態。「月とスッポン」や「天地の差」と同義。実力、待遇、品質などを比較する際によく使われる。
雲散霧消
うんさんむしょう
雲散霧消(うんさんむしょう)とは、雲や霧が消えるように、物事が跡形もなく消えてなくなること。心配事や不満、計画などが、きれいさっぱりなくなる様子を表す。「怒りが雲散霧消する」のように、ネガティブな感情が晴れる際にも使われる四字熟語。
右往左往
うおうさおう
右往左往(うおうさおう)とは、混乱して、右に行ったり左に行ったりすること。うろたえて、あちこち動き回る様子。突発的なトラブルや緊急事態に直面し、どう対応していいか分からず、慌てふためく様を表す四字熟語。
優柔不断
ゆうじゅうふだん
優柔不断(ゆうじゅうふだん)とは、ぐずぐずしていて、物事の決断ができないこと。「優柔」はぐずぐずしていること、「不断」は決断しないこと。慎重すぎて行動に移せない様子や、気が弱くてはっきりしない性格をネガティブに表す四字熟語。
全身全霊
ぜんしんぜんれい
全身全霊(ぜんしんぜんれい)とは、その人の持っている体力と精神力のすべて。ありったけの力。「全身全霊を傾ける」「全身全霊で挑む」のように使い、心身の全てを捧げて物事に打ち込む、非常に強い情熱や真剣さを表す四字熟語。
前途多難
ぜんとたなん
前途多難(ぜんとたなん)とは、これから先に、多くの困難や災難が待ち受けていること。「前途」は将来や行く末、「多難」は多くの災難があること。これから始めようとする計画や事業の見通しが暗く、苦労が予想される状況を表す四字熟語。
本末転倒
ほんまつてんとう
本末転倒(ほんまつてんとう)とは、物事の根本的なことと、些細なことを取り違えること。「本」は根本、「末」は枝葉。「転倒」はひっくり返ること。目的と手段が入れ替わってしまったり、一番大事なことを疎かにしてどうでもいいことにこだわったりする愚かさを指す。
十人十色
じゅうにんといろ
十人十色(じゅうにんといろ)とは、人の考えや好み、性格などは、人によってそれぞれ違い、誰一人として同じではないということ。十人いれば十通りの色(カラー)があるという意味。多様性を認め、他者との違いを肯定的に捉える文脈でも使われる。
急転直下
きゅうてんちょっか
急転直下(きゅうてんちょっか)とは、事態が急変して、一気に解決や結末に向かうこと。また、相場などが急激に下落すること。「直下」は真下に落ちること。膠着していた議論が、ある出来事をきっかけに急速にまとまる場合などに使われる四字熟語。
日進月歩
にっしんげっぽ
日進月歩(にっしんげっぽ)とは、日ごと月ごとに、絶え間なく進歩・発展すること。技術の進歩や文明の発展などが、非常にスピーディーで、止まることがない様子。「IT業界は日進月歩だ」のように、変化の激しい分野を形容する際によく使われる四字熟語。
誠心誠意
せいしんせいい
誠心誠意(せいしんせいい)とは、嘘偽りがなく、真心がこもっていること。「誠心」も「誠意」も、相手を思う真面目な心。相手に対して、下心や計算なしに、精一杯の真心を持って接する態度を表す。「誠心誠意、対応させていただきます」のように謝罪や決意表明で使う。
七転八起
ななころびやおき
七転八起(しちてんはっき)とは、何度失敗しても、そのたびにくじけずに立ち上がって努力すること。「七転び八起き」とも読む。
唯我独尊
ゆいがどくそん
唯我独尊(ゆいがどくそん)とは、釈迦が誕生した時に言ったとされる言葉で、「この世で自分という存在ほど尊いものはない」という意味。本来は人間の尊厳を説く言葉だが、現代では「自分だけが偉いと思い込んでいる」「独りよがり」という悪い意味で使われることが多い。
亀の甲より年の功
かめのこうよりとしのこう
長寿の象徴である亀の甲羅が持つとされる神秘的な価値や硬度よりも、人間が長期間にわたり社会で生活し、経験を積み重ねることで培ってきた知識、洞察力、そして判断力こそが、真に尊く、価値のある財産であると主張することわざである。特に、若年者に対して、年長者の経験と知恵を敬い、その教訓を尊重することの重要性を説く際に用いられる。これは経験知の優位性を示す日本文化の基層的な価値観の一つである。
雨降って地固まる
あめふってじかたまる
揉め事や困難な状況、あるいは人間関係における激しい対立や試練が生じた結果、その後の関係性や組織の基盤が以前にも増して強固になり、安定した状態となることの比喩表現である。一時的な負の事象が、長期的な視点では望ましい結合や結束をもたらす、相克を通じて発展を遂げる過程を端的に示している。
穴があったら入りたい
あながあったらはいりたい
人前で大きな過失や失態を犯し、強烈な羞恥心に襲われた際、その場から即座に逃避し、誰にも見られない場所に身を隠してしまいたいという切実な心理状態を比喩的に表現した慣用句である。この表現は、自己の存在そのものが許容できないほどの強い恥辱を感じている状況を示し、精神的な圧迫からの解放を強く望む感情が込められている。特に、社会的な評価や自尊心が大きく損なわれた瞬間に多用され、単なる照れや気恥ずかしさを超えた深刻な感情の表出である。
暗中模索
あんちゅうもさく
暗闇の中、視覚による手がかりが一切ない状態で、目的物や進むべき道を手探りで探す行為から転じて、現状を打開するための確たる方法や情報がない状況下で、様々な手段や試行を繰り返し、解決の糸口を見つけ出そうと努める姿勢を指す四字熟語である。特に、未踏の領域や緊急性の高い問題解決プロセスにおいて、計画が立たないまま行動を続ける必要性を表現する際に用いられ、その過程には不安や不確実性が伴うが、行動自体は停止していない点を強調する。
枯れ木も山の賑わい
かれきもやまのにぎわい
「枯れ木も山の賑わい(かれきもやまのにぎわい)」とは、たとえそれが価値や魅力に乏しいものであったとしても、全く何もない状態に比べれば、いくらかでも存在している方が状況を賑わせたり、役立ったりする、という状況を指す日本のことわざである。特に、集団や催しにおいて、参加者や構成要素の質は低くても、数が揃うことで全体として活気を生み出す様を表現する際に用いられるが、しばしば話し手が自己を卑下する謙遜の表現として使われる点に特徴がある。
案ずるより産むが易し
あんずるよりうむがやすし
事前の熟慮や計画段階で生じる過度な懸念や不安に囚われるよりも、実際に実行に移すことの容易さや、そこから得られる成果の価値を説いた格言である。「案ずる」は思い悩むこと、「産むが易し」は想像よりも簡単に目的を達成できることを意味し、特に新規の挑戦や困難が予想される局面において、過剰な準備よりも行動を起こすことの重要性を促す心理的な指針として機能する。
青菜に塩
あおなにしお
人が極度に気落ちし、活力を失ってしょんぼりと俯き、萎れている様子を比喩的に表現する日本の慣用句である。新鮮で張りがあった青菜が、塩分に触れることで細胞内の水分を失い、一瞬にしてしなびてしまう現象を、人間の精神的、あるいは身体的な意気消沈の状態になぞらえた表現であり、主に予期せぬ挫折や深い悲しみに遭遇した際に用いられる。
明日は明日の風が吹く
あしたはあしたのかぜがふく
「明日は明日の風が吹く(あしたはあしたのかぜがふく)」とは、現在抱えている悩みや困難な状況について、過度に憂慮せず、時の流れに身を任せることで新しい展開や解決策が生まれる可能性を信じ、楽観的に物事を受け入れるべきだという積極的な意味合いを持つことわざである。今日の不運や不安は明日には必ずしも引き継がれるわけではなく、未来は未知数であり、常に新たな運勢や機会が訪れることを示唆する。この表現は、困難に直面した際の心理的な開放と前向きな姿勢を促す。
頭隠して尻隠さず
あたまかくしてしりかくさず
悪事や過失、または欠点などの全体を覆い隠そうとする際、その最も重要な一部のみを隠蔽し、残りの大部分があからさまになっている状態を指して、その行為の杜撰さや愚かさを嘲笑する慣用表現である。特に、当事者が完全に隠しきれていると誤解している状況を指摘する際に用いられ、自己欺瞞的な隠蔽工作に対する警告や皮肉の意味合いを持つ。この表現は、危機管理の失敗や、視野の狭さからくる誤判断を指摘する際にも多用される。
後の祭り
あとのまつり
時期や機会を逸してしまい、物事が手遅れとなってしまった状態を指す慣用表現である。いかに準備や内容が優れていても、適切なタイミングを逃してしまえば、その努力や価値が完全に無意味になってしまうという、不可逆的な時間的要素の重要性を強調する言葉として用いられる。豪華な祭りの高揚感が過ぎ去った後、その象徴であった山車が無用になる情景に由来する。
羹に懲りて膾を吹く
あつものにこりてなますをふく
一度の失敗や困難に遭遇した経験から過度に懲りてしまい、本来は警戒する必要のないものや、性質が全く異なる事象に対しても、極端なまでに用心深く、慎重すぎる態度をとることのたとえ。熱い汁物(羹)で舌を火傷した者が、冷たい和え物(膾)まで熱いものと勘違いして息を吹きかけて冷まそうとする、その滑稽な様子を指す。
傍若無人
ぼうじゃくぶじん
傍若無人(ぼうじゃくぶじん)とは、まるで傍(かたわら)に人がいないかのように振る舞い、他者の存在や社会的な規範、礼儀を一切気にかけず、勝手気ままに行動する様子を指す四字熟語である。原義には、世俗のしがらみを超越した自由奔放さや孤高の精神が含まれていたが、現代においては、他者の迷惑を顧みない傲慢な態度や、自己中心的で無礼な言動を厳しく非難するネガティブな文脈で使用されるのが一般的である。
Bumikansou
ぶみかんそう
感情や情緒、あるいは面白みが全くなく、味気ない状態を指す四字熟語である「無味乾燥(むみかんそう)」の異表記、またはローマ字表記として認識される。本来は食物などに味がない状態を指す語であったが、転じて会話、文章、生活、学問など、抽象的な事柄に対して活気や潤いが欠けている様子を表現する際に用いられる。特に、精神的な満足感が得られない単調な状況や、表現が薄っぺらく内容に深みがない場合を厳しく批判的に形容するために使用される概念である。
竹馬の友
ちくばのとも
幼少期から長きにわたって親交を深めてきた幼馴染であり、特に互いの地位や利害関係に囚われることなく、純粋な友情を維持している親友を指す言葉である。中国の歴史書『晋書』に記された桓温と殷浩の故事に語源を持つが、現代においては元の「優劣を示す」含意は失われ、損得抜きの固い絆を象徴する美しい表現として用いられている。
魑魅魍魎
ちみもうりょう
中国古代の伝承に由来する語で、山林や水辺に潜み、人々に害をなす、または惑わすあらゆる精怪・怪物の総称である。「魑魅」は山川の気から生じる不可視の怪、「魍魎」は木石や水中の精を指す。転じて、現代社会においては、その正体や意図が掴めない、私利私欲のために暗躍する悪辣な人物集団や、陰謀が渦巻く複雑な状況を表現するために用いられる、極めて強い比喩的表現である。
塵も積もれば山となる
ちりもつもればやまとなる
微細で取るに足らないと見なされがちな要素や行動であっても、長期間にわたり継続的に蓄積されることにより、最終的には無視できないほど巨大な結果や成果をもたらすことを示す日本のことわざである。特に、時間的な持続性を前提とした努力、貯蓄、知識の獲得などが指数関数的な成長を遂げる現象を簡潔に表現しており、成功哲学や経済学、行動心理学の分野において、小さな習慣の持つ影響力を説く際に引用される。
大胆不敵
だいたんふてき
「大胆不敵」とは、度胸が据わっており、いかなる困難や敵対者に対しても全く動じず、恐れる様子を微塵も示さない、極めて堂々とした態度や様相を指す四字熟語である。「大胆」は物事にひるまない強い精神状態を示し、「不敵」は敵を敵とも思わないほどの自信と気概を表す。主にポジティブな文脈で、困難に立ち向かう勇気ある人物の形容として用いられるが、時として無謀さや傲慢さを内包するニュアンスで使われることもある、多義的な表現である。
断腸の思い
だんちょうのおもい
「断腸の思い」とは、文字通り、腸(はらわた)がちぎれ、寸断されるほどの激しい悲嘆や苦痛を表現する慣用句である。愛する者との永遠の別離や、避けがたい非情な決断を迫られた際に感じる、身を切るような精神的苦痛を指す。単なる悲しみを遥かに超えた、極めて深刻で重い感情状態を形容する際に用いられる、非常に重厚な表現である。