教養
教養についての用語集です。
虻蜂取らず
あぶはちとらず
虻蜂取らずとは、二つのものを同時に得ようとして欲張った結果、どちらも失敗して何も得られないことのたとえ。
意気揚々
いきようよう
意気揚々とは、誇らしげで威勢がよく、調子に乗っている様子のこと。何かを成し遂げて満足し、得意満面な様子。
一挙両得
いっきょりょうとく
一挙両得とは、一つの行動で二つの利益を同時に得ること。少しの労力で多くの成果を上げるたとえ。
一触即発
いっしょくそくはつ
一触即発とは、ちょっと触れただけで爆発しそうなほど、極めて緊迫した状態のこと。
一進一退
いっしんいったい
一進一退とは、進んだり退いたりすること。良くなったり悪くなったりして、なかなか決着がつかない、あるいは状態が安定しないこと。
一炊の夢
いっすいのゆめ
一炊の夢とは、人の世の栄華は儚いものであるというたとえ。一眠りしている間の短い夢。
一寸先は闇
いっすんさきはやみ
一寸先は闇とは、ほんの少し先の未来に何が起こるか全く予測できないことのたとえ。
一日千秋
いちじつせんしゅう
一日千秋とは、一日が千年(千回の秋)のように長く感じられること。待ち遠しくてたまらない気持ちのたとえ。
一病息災
いちびょうそくさい
一病息災とは、一つの持病があるくらいのほうが、健康に気を配って養生するため、かえって長生きできるということ。
一望千里
いちぼうせんり
一望千里とは、一目で千里の遠くまで見渡せること。広々として見晴らしが良い景色の形容。
一利一害
いちりいちがい
一利一害とは、利益もある反面、害(不利益)もあること。良い面もあれば悪い面もあるということ。
隠忍自重
いんにんじちょう
隠忍自重とは、じっと我慢して軽々しい行動を慎むこと。苦しみや怒りを表面に出さず、耐え忍んで時機を待つこと。
瓜田の履
かでんのくつ
瓜田の履とは、人に疑われるような紛らわしい行動は避けるべきだという教え。「瓜田に履を納れず」の略。
遠交近攻
えんこうきんこう
遠交近攻とは、遠くの国と親しく付き合い、近くの国を攻め取るという外交政策や戦略のこと。中国の戦国時代に、范雎(ハンショ)が秦の昭襄王に説いた策として有名。
可愛い子には旅をさせよ
かわいいこにはたびをさせよ
可愛い子には旅をさせよとは、子どもが可愛いならば、甘やかして手元に置くのではなく、あえて辛い旅に出させて世間の厳しさを経験させるべきだという教え。
果報は寝て待て
かほうはねてまて
果報は寝て待てとは、幸運(果報)は人の力ではどうにもならず、焦らず時期が来るのを待つのが良いということ。
海千山千
うみせんやません
海千山千とは、世の中の経験を十分に積み、裏も表も知り尽くしていて、したたかでずる賢いこと。またはそのような人物。
蛙の子は蛙
かえるのこはかえる
蛙の子は蛙とは、子供の性質や能力は親に似るものであり、凡人の子はやはり凡人であるということ。また、子は親の歩んだ道を歩むものだということ。
勧善懲悪
かんぜんちょうあく
勧善懲悪とは、善い行いを勧め奨励し、悪い行いを懲らしめ戒めること。また、そのような主題を持った物語や劇のこと。
換骨奪胎
かんこつだったい
換骨奪胎とは、先人の詩文や作品の発想・形式を取り入れながら、自分の創意を加えて、独自の新しい作品を作ること。
喜色満面
きしょくまんめん
喜色満面とは、嬉しそうな表情が顔全体に溢れている様子。喜びを隠しきれない顔つき。
旗幟鮮明
きしせんめい
旗幟鮮明とは、自分の立場や主義主張がはっきりしていること。
鬼に金棒
おににかなぼう
鬼に金棒とは、もともと強い鬼が、さらに武器である金棒を持てば無敵になるということ。強いものが何かを得て、さらに強くなることのたとえ。
疑心暗鬼
ぎしんあんき
疑心暗鬼とは、疑う心があると、何でもないことまで恐ろしく感じたり、怪しく見えたりすること。疑いが疑いを生み、不安に取り憑かれた状態。
急いては事を仕損じる
せいてはことをしそんじる
急いては事を仕損じるとは、何事も焦ってやると失敗しやすいという戒め。急ぐ時ほど、落ち着いて慎重に行動すべきだという教え。
窮鼠猫を噛む
きゅうそねこをかむ
窮鼠猫を噛むとは、弱い者でも追い詰められて逃げ場がなくなれば、強い者に必死の反撃をして打ち負かすことがあるというたとえ。
牛飲馬食
ぎゅういんばしょく
牛飲馬食とは、牛が水を飲み、馬が草を食べるように、多量の飲食物をむさぼるように摂取すること。大食いや深酒の形容。
牛耳を執る
ぎゅうじをとる
牛耳を執る(牛耳る)とは、組織や団体を支配し、思うままに動かすこと。主導権を握ること。
虚心坦懐
きょしんたんかい
虚心坦懐とは、先入観やわだかまりを持たず、素直でさっぱりとした心境のこと。
玉石混淆
ぎょくせきこんこう
玉石混淆(玉石混交)とは、優れたもの(玉)と劣ったもの(石)が入り混じっていること。
玉石混淆
ぎょくせきこんこう
玉石混淆とは、優れたもの(玉)と劣ったもの(石)が入り混じっている状態のこと。
金科玉条
きんかぎょくじょう
金科玉条とは、最も大切に守るべき法律や規則のこと。転じて、絶対的な信条。
空理空論
くうりくうろん
空理空論とは、実際には役に立たない、現実味のない理論や議論のこと。中身のないむなしい理屈。
月下氷人
げっかひょうじん
月下氷人とは、男女の縁を取り持つ人。仲人(なこうど)のこと。
孤立無援
こりつむえん
孤立無援とは、仲間がいなくて一人ぼっちになり、誰からの助けも期待できないこと。完全に孤立してしまい、救いの手がない絶望的な状況。
胡蝶の夢
こちょうのゆめ
胡蝶の夢とは、夢と現実の区別がつかないことや、人生の儚さのたとえ。荘子が蝶になった夢を見て、目覚めたときに「蝶になった夢を見ていたのか、今の私が蝶の夢なのか」と疑った故事から。
荒唐無稽
こうとうむけい
荒唐無稽とは、話が大袈裟でとりとめがなく、根拠がないこと。現実離れしている様子。
合従連衡
がっしょうれんこう
合従連衡(合従連行)とは、利害に応じて団結したり離れたりする外交上の駆け引きのこと。転じて、企業同士の提携や合併の動きを指す。
刻舟求剣
こくしゅうきゅうけん
刻舟求剣とは、昔のやり方を頑なに守って、時代の変化に対応できない愚かさのたとえ。
再三再四
さいさんさいし
再三再四とは、何度も何度も繰り返すこと。「再三」よりもさらに度重なることを強調した表現。
三つ子の魂百まで
みつごのたましいひゃくまで
三つ子の魂百までとは、幼い頃(3歳頃まで)に形成された性格や性質は、年老いても(百歳になっても)変わらないということ。
三人寄れば文殊の知恵
さんにんよればもんじゅのちえ
三人寄れば文殊の知恵とは、凡人でも三人集まって相談すれば、文殊菩薩(知恵の神様)のような素晴らしい知恵が出るものだということ。
三人成虎
さんにんせいこ
三人成虎とは、事実無根のことでも、多くの人が言えば真実として信じられてしまうというたとえ。
山紫水明
さんしすいめい
山紫水明とは、自然の景色が清らかで美しいこと。日の光で山は紫にかすみ、川の水は澄んで清らかである様子。
自給自足
じきゅうじそく
自給自足とは、自分が必要とする物を、自分で生産して賄うこと。外部に依存せず、自力で生活を成り立たせること。
蒔かぬ種は生えぬ
まかぬたねははえぬ
蒔かぬ種は生えぬとは、原因がなければ結果は生じないということ。何もしなければ、良い結果も利益も得られないという教え。
鹿を指して馬と為す (馬鹿)
しかをさしてうまとなす
鹿を指して馬と為すとは、権力を笠に着て、間違ったことを無理やり押し通すこと。また、目上の人の顔色を伺って、自分の意見を言わずに追従すること。
終始一貫
しゅうしいっかん
終始一貫とは、最初から最後まで、言動や態度、方針が変わらないこと。物事をやり通す強い意志や姿勢。
出藍の誉れ
しゅつらんのほまれ
出藍の誉れとは、弟子が師匠よりも優れた才能や学識を身につけること。
勝って兜の緒を締めよ
かってかぶとのおをしめよ
勝って兜の緒を締めよとは、戦いに勝っても気を緩めず、さらに心を引き締めよという戒め。成功した時こそ油断してはならないという教え。
心頭滅却
しんとうめっきゃく
心頭滅却とは、心の雑念を取り払い、無の境地になること。どんな苦痛も、気の持ちようで感じなくなるということ。
神出鬼没
しんしゅつきぼつ
神出鬼没とは、鬼神のように自由自在に現れたり消えたりすること。いつどこに現れるか予測がつかず、行動が素早い様子。
親しき仲にも礼儀あり
したしきなかにもれいぎあり
親しき仲にも礼儀ありとは、どんなに親密な間柄であっても、守るべき礼儀や節度があるということ。不遠慮になりすぎると不和の原因になるという戒め。
是々非々
ぜぜひひ
是々非々とは、良いことは良い、悪いことは悪いと、公平な立場で事の善悪を判断すること。
盛者必衰
じょうしゃひっすい
盛者必衰とは、勢いの盛んな者も、いつかは必ず衰えるということ。世の中の無常を表す言葉。
石橋を叩いて渡る
いしばしをたたいてわたる
石橋を叩いて渡るとは、壊れる心配のない堅固な石の橋でさえ、念のために叩いて安全を確かめてから渡るということ。用心の上にも用心を重ねることのたとえ。
先んずれば人を制す
さきんずればひとをせいす
先んずれば人を制すとは、何事も人より先に行動を起こせば、優位に立って相手を圧倒できるということ。
千里の堤も蟻の穴から
せんりのつつみもありのあなから
千里の堤も蟻の穴からとは、広大で堅固な堤防も、わずかな蟻(あり)の穴が原因で崩れてしまうことがある。些細なミスや油断が、大事を引き起こすことのたとえ。
宋襄の仁
そうじょうのじん
宋襄の仁とは、敵に対する無益な情けや、つまらない体面にとらわれて、かえってひどい目に遭うことのたとえ。
糟糠の妻
そうこうのつま
糟糠の妻とは、貧しい時代から苦労を共にして支え合ってきた妻のこと。
他山の石
たざんのいし
他山の石とは、他人の誤った言行や失敗も、自分の修養(成長)の役に立つというたとえ。つまらない石でも、宝石を磨く砥石として利用できるという意味。
他人のふり見て我がふり直せ
たにんのふりみてわがふりなおせ
他人のふり見て我がふり直せとは、他人の行動の良し悪しを見て、自分の振る舞いを反省し、改めるべきだという教え。
帯に短し襷に長し
おびにみじかしたすきにながし
帯に短し襷(たすき)に長しとは、物が中途半端で、何の役にも立たないことのたとえ。
大胆不敵
だいたんふてき
大胆不敵とは、度胸が据わっていて、何事も恐れず、敵を敵とも思わないような堂々とした様子。「大胆」は物事に動じないこと、「不敵」は敵を恐れないこと。
断琴の交わり
だんきんのまじわり
断琴の交わり(断金の交わり)とは、極めて親密で固い友情のこと。金属(金)をも断ち切るほどの固い絆で結ばれた仲。
断腸の思い
だんちょうのおもい
断腸の思いとは、腸(はらわた)がちぎれるほどに、悲しくつらい思いのこと。非常に辛い決断をする際などに使われる。
沈思黙考
ちんしもっこう
沈思黙考とは、言葉を発することなく、静かに深く物事を考え込むこと。「沈思」は深く考えること、「黙考」は黙って考えることを意味する。
適者生存
てきしゃせいぞん
適者生存とは、環境に最も適した者が生き残り、そうでない者は滅びるということ。
天災地変
てんさいちへん
天災地変とは、台風、地震、洪水など、自然界に起こる災害の総称。人間の力ではどうしようもない大きな災い。
渡る世間は鬼ばかり
わたるせけんはオニばかり
渡る世間は鬼ばかりとは、世の中は無慈悲で冷たい人間ばかりで、信用できる人がいないということ。
東西南北
とうざいなんぼく
東西南北とは、東・西・南・北の四方すべての方角のこと。転じて、あらゆる方向や場所、いたるところ。
桃李言わざれども下自ら蹊を成す
とうりいわざれどもしたおのずからこみちをなす
桃李言わざれども下自ら蹊を成すとは、桃や李(すもも)は何も言わないが、美しい花や美味しい実があるため人が集まり、自然と下に道ができる。徳のある人の周りには、自然と人が慕って集まってくることのたとえ。
桃李成蹊
とうりせいケイ
桃李成蹊とは、「桃李言わざれども下自ら蹊を成す」を略した四字熟語。徳のある人物には自然と人が集まること。
得手勝手
えてかって
得手勝手とは、他人の迷惑を考えず、自分の都合の良いようにばかり振る舞うこと。身勝手。
南柯の夢
なんかのゆめ
南柯の夢とは、人生の栄華や喜びは夢のようにはかなく、空しいものであるというたとえ。
二兎を追う者は一兎をも得ず
にとをおうものはいっとをもえず
二兎を追う者は一兎をも得ずとは、同時に二つの異なる目標を達成しようと欲張ると、結局はどちらも中途半端に終わり、一つも達成できないという戒め。
覇王別姫
はおうべっき
覇王別姫とは、楚の覇王・項羽が、愛する虞美人(ぐびじん)と涙ながらに別れた故事。悲劇的な別れの場面の代名詞。
波瀾万丈
はらんばんじょう
波瀾万丈とは、劇的で変化に富んでいること。物事の展開が激しく、平穏ではない様子。
破天荒
はてんこう
破天荒とは、今まで誰も成し得なかったことを初めて行うこと。前人未踏の偉業。
馬の耳に念仏
うまのみみにねんぶつ
馬の耳に念仏とは、馬にありがたい念仏を聞かせても意味が通じないように、いくら意見や忠告をしても、相手が聞く耳を持たず(理解せず)、全く効き目がないこと。
杯中の蛇影
はいちゅうのじゃえい
杯中の蛇影とは、疑心暗鬼になって、ありもしないことに怯えたり苦しんだりすることのたとえ。
白河夜船
しらかわよふね
白河夜船とは、ぐっすり眠り込んでいて、何が起きたか全く気づかないこと。または、見たこともないことを、さも見てきたかのように嘘をつくこと。
白髪三千丈
はくはつさんぜんじょう
白髪三千丈とは、心痛や悲しみが深く、積もり積もって白髪が極めて長くなった様子。転じて、大袈裟な表現のたとえ。
必要は発明の母
ひつようははつめいのはは
「必要は発明の母」とは、何かがなくて困ったり、不便を感じたりすることが、新しい発明や工夫を生み出すきっかけになるという教え。
不眠不休
ふみんふきゅう
不眠不休とは、眠りもせず、休みもとらずに物事に没頭すること。昼夜を問わず働き続けたり、看病したりする様子に使われる。
風樹の嘆
ふうじゅのたん
風樹の嘆とは、親孝行をしたいと思った時にはすでに親は亡くなっていて、孝行できないという嘆き。
覆水盆に返らず
ふくすいぼんにかえらず
覆水盆に返らずとは、一度してしまったことは、もはや取り返しがつかないことのたとえ。また、一度別れた夫婦の仲は元に戻らないこと。
粉骨砕身
ふんこつさいしん
粉骨砕身とは、骨を粉にし、身(体)を砕くほどに、力の限り努力すること。全身全霊を捧げて物事に取り組む決意を表す際によく使われる。
壁に耳あり障子に目あり
かべにみみありしょうじにめあり
壁に耳あり障子に目ありとは、隠し事はとかく漏れやすいものだから、どこで誰が見聞きしているかわからないので、言葉や行いは慎むべきだという教え。
無くて七癖
なくてななくせ
無くて七癖とは、癖がないように見える人でも、探せば7つくらいは何かしらの癖を持っているものだということ。
無我夢中
むがむちゅう
無我夢中とは、ある物事に熱中して、我を忘れること。理性を失うほど何かに心を奪われている状態。
門前雀羅
もんぜんじゃくら
門前雀羅とは、訪れる人がなく、門の前で雀(すずめ)を捕まえる網(羅)が張れるほど閑散としている様子。
油断大敵
ゆだんたいてき
油断大敵とは、気を緩めて注意を怠ることは、大きな失敗の元になるので、恐ろしい敵だと思って警戒せよという教え。
有言実行
ゆうげんじっこう
有言実行とは、口に出して言ったことを、責任を持って成し遂げること。
由らしむべし知らしむべからず
よらしむべししらしむべからず
民を施政者の決めた方針に従わせることはできるが、その理由や意図をすべて理解させることは難しい(だから従わせればよい)という教え。
雷陳の交わり
らいちんのまじわり
雷陳の交わりとは、非常に固い友情のたとえ。
洛陽の紙価を高める
らくようのしかをたかめる
洛陽の紙価を高めるとは、著書が広く世に読まれ、評判になること。ベストセラーになること。
李下の冠
りかにかんむり
李下の冠とは、人に疑われるような紛らわしい行動は避けるべきだという教え。「李下に冠を正さず」の略。
李代桃僵
りだいとうきょう
李代桃僵とは、桃の木につく虫が李(すもも)の木に移って、李が桃の身代わりになって枯れること。転じて、他人の災難を自分が被ったり、組織全体のために一部を犠牲にしたりすること。
離合集散
りごうしゅうさん
離合集散とは、人々が離れたり集まったりすること。また、そのような関係が定まらないこと。
粒々辛苦
りゅうりゅうしんく
粒々辛苦とは、穀物の一粒一粒に農民の苦労がこもっているように、こつこつと地道な努力を積み重ねて苦労すること。
梁上の君子
りょうじょうのくんし
梁上の君子(梁の上の君子)とは、天井裏や梁(はり)の上に忍び込んでいる人、つまり「泥棒」や「ネズミ」を指す婉曲的な表現。
遼東の豕
りょうとうのいのこ
遼東の豕(いのこ=豚)とは、世間ではありふれているものを、自分だけが素晴らしいものだと思い込んで大事にすること。独りよがりの知識や見識のたとえ。
臨機応変
りんきおうへん
臨機応変とは、その時々の状況や変化に応じて、適切な手段をとること。マニュアル通りではなく、柔軟に対応すること。
和気あいあい
わきあいあい
和気あいあい(和気藹々)とは、心と心が通じ合い、和やかで楽しそうな気分のこと。
和氏の璧
かしのへき
和氏の璧とは、天下の名玉のたとえ。また、優れた才能を持ちながらも認められないことの嘆き。
和衷協同
わちゅうきょうどう
和衷協同とは、心を同じくして共に力を合わせ、物事を行うこと。一致団結して協力すること。
刎頸の交わり
ふんけいのまじわり
刎頸の交わりとは、お互いのためなら首をはねられても悔いはないというほどの、固い友情のこと。
紆余曲折
うよきょくせつ
紆余曲折とは、道が曲がりくねっていること。転じて、物事が順調に進まず、色々と込み入った事情や変化があって、解決までに時間がかかること。
膠漆の交わり
こうしつのまじわり
膠漆の交わりとは、きわめて親密で、離れがたい友情や関係のたとえ。
膠柱鼓瑟
こうちゅうこしつ
膠柱鼓瑟とは、融通がきかず、頑固で変化に対応できないことのたとえ。
邯鄲の枕
かんたんのまくら
邯鄲の枕とは、人の世の栄枯盛衰は儚いものであることのたとえ。