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一般教養

一般教養についての用語集です。

一喜一憂

いっきいちゆう

一喜一憂(いっきいちゆう)とは、状況が変わるたびに、喜んだり心配したりして落ち着かないこと。些細な出来事に振り回されて、感情が不安定になる様子を指す。「株価の変動に一喜一憂する」のように使われる。目先の変化にとらわれず、どっしりと構えることの大切さを説く文脈で使われることも多い。

一心不乱

いっしんふらん

一心不乱とは、一つのことに心を集中させ、他のことに気を取られない様子。「不乱」は心が乱れないこと。周囲の雑音が耳に入らないほど没頭して物事に取り組むさまを表す。「一心不乱に勉強する」「一心不乱に祈る」のように使う。

我田引水

がでんいんすい

我田引水(がでんいんすい)とは、自分の田んぼにだけ水を引くように、物事を自分に都合の良いように考えたり、行ったりすること。「手前味噌」にも似ているが、こちらはより利己的なニュアンスが強い。他人の迷惑を顧みず、利益を独占しようとする態度を批判する際に使われる。

我武者羅

がむしゃら

我武者羅(がむしゃら)とは、一つの目的に向かって、後先を考えずにひたすら突き進むこと。「我」は自分、「武者」は強い人、「羅」は並ぶという意味の当て字で、語源は「我」と「貪(むさ)ぼる」が合わさったとも言われる。周囲が見えなくなるほど熱中する様子や、強引に行動する様子を指す。

事実無根

じじつむこん

事実無根(じじつむこん)とは、事実に基づいた根拠がまったくなく、いい加減で根も葉もないこと。「根」は物事の根本や根拠を指し、それがないことを意味する。悪意ある噂やデマ、不当な誹謗中傷などに対して、「それは全くの嘘である」と強く否定し反論する際によく使われる言葉。

水の低きに就くが如し

みずのひくきにつくがごとし

水の低きに就くが如しとは、水が自然と低い方へ流れるように、物事が自然の成り行きや道理に従って進むことのたとえ。また、人が安易な方や悪い方へ流されやすいことのたとえとしても使われる。『孟子』では、人の本性が善であることは、水が低い方へ流れるのと同じく自然なことだと説いている。

前代未聞

ぜんだいみもん

前代未聞とは、これまでの歴史の中で一度も聞いたことがないような、珍しい出来事や大変な事件のこと。「前代」は過去の時代、「未聞」はいまだ聞いたことがないという意味。良いことにも悪いことにも使われるが、驚きや呆れのニュアンスを含むことが多い。

罵詈雑言

ばりぞうごん

罵詈雑言とは、汚い言葉で口汚くののしること。ありったけの悪口。「罵詈」もののしること、「雑言」も悪口やでたらめな言葉を意味する。「罵詈雑言を浴びせる」のように使う。言論の自由があるとはいえ、公の場での罵詈雑言は名誉毁損や侮辱罪に問われる可能性がある。

万古不易

ばんこふえき

万古不易(ばんこふえき)とは、いつまでも変わらないこと。永遠に変化しない価値や真理。「万古」は遠い昔や未来永劫、「不易」は変わらないことを意味する。「不易流行(基本は変えず、新しさも取り入れる)」という言葉もある。

名論卓説

めいろんたくせつ

名論卓説(めいろんたくせつ)とは、道理にかなった非常に優れた意見や、他より抜きん出た素晴らしい説のこと。「名論」は名高い優れた議論、「卓説」は卓越した説を意味する。混迷した状況を打破するような、誰もが納得せざるを得ない立派な見解や主張を称賛して使う言葉。

魑魅魍魎

ちみもうりょう

魑魅魍魎(ちみもうりょう)とは、山や川、木、石などの自然物に宿る精霊、あるいは人を化かしたり害を与えたりする怪物の総称。「魑魅」は山林の気から生じる怪物、「魍魎」は山川や木石の精怪を指す。転じて、私利私欲のために暗躍する悪党どもや、正体の知れない怪しい人物たちがうごめく様子のたとえとして使われる。「永田町は魑魅魍魎が跋扈(ばっこ)する世界だ」のように用いる。

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