馬耳東風
ばじとうふう
意味
馬耳東風(ばじとうふう)とは、人の意見や批評を、心に留めず聞き流すこと。春風が馬の耳を吹いても、馬は何も感じないことから。何を言っても反応が薄いことや、忠告を無視する態度を指す。「暖簾に腕押し」や「蛙の面に水」と似ている。
馬耳東風とは、馬耳東風とは、人の意見や批評などを心に留めず、聞き流すこと。何を言っても反応がないこと。
詳しい解説
馬耳東風とは、人の意見や批評などを心に留めず、聞き流すこと。何を言っても反応がないこと。 春風(東風)が吹いても馬の耳は何も感じないことから。李白の詩が出典。「馬の耳に念仏」と似ている。
具体例
「いくら注意しても彼は馬耳東風で、全く反省の色がない」「親の小言を馬耳東風と聞き流す」
由来・語源
春風(東風)が吹いても馬の耳は何も感じないことから。李白の詩が出典。「馬の耳に念仏」と似ている。
使い方・例文
「いくら注意しても彼は馬耳東風で、全く反省の色がない」「親の小言を馬耳東風と聞き流す」